ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)とは、高音質でリアルな音を聴いていると、脳みそが気持ちよくなる現象のこと。
たとえば、
- ゴッキュンゴッキュン水を飲んでる音
- ボリボリお菓子を食べるときの咀嚼音
- チュパチュパ耳を舐めしゃぶってる音
などを、収録する側は100万円~1000万円ぐらいのバイノーラルマイク(だいたい人の耳の形してるマイク)で収録する。
聴く側も、1万円~10万円ぐらいのイヤホンやヘッドホンで視聴する。
こんな感じ。
というわけで私は、友だちのAさん(仮名)と一緒にASMRジョギングを始めたのでした。
いや、そんな恥ずかしいことひとりでやれよって思ったでしょ?
Aさんにもいわれた。
まあそのへんはあとでまとめて書くとして、結論としては私は耳障りすぎて無理だったけど、
では以下、ASMRジョギングのレポートと、私の敗因とAさんの勝因の分析(のようなもの)。
1
もちろん私は最初、ひとりでASMRジョギングを始めたけど、耳障りすぎて無理だった。
まず冷静に考えて(耳障りすぎて冷静になった)、なぜ走っている最中に、
- 他人が水をゴッキュンゴッキュン飲んだり、
- スナック菓子をボリボリボリボリ食べたり、
- 人の耳型のマイクをペチャクチャ舐めたり、
している音を擬似的な耳元音声で聴かなくてはならないのか?
特に耳舐め系ASRM、途中でなんか囁き声で喋ってくるんですが、マジで黙れとしか思わなかった(海外の音源で英語とフランス語かなにかでろくに聞き取れなかったから我慢できたけど、日本語だったら30秒で発狂していたと思う)。
でも不愉快なのは私の脳みそが未開発だからで、そのうち気持ちよくなってくるんじゃないかって我慢に我慢を重ねて1キロメートル走って5キロメートル走って10キロメートル走っても気持ちよくならなくて私が耳にはめていたスポーツタイプのイヤホンを、スマホとはワイヤレス接続だけど左右のイヤホンは有線で繋がっているそのケーブルを指に引っかけて耳から引きちぎるみたいにしてイヤホンを外したときの開放感は感動モノだった。
この快感の覚え方は、ASMRの使い方として完璧に間違っている。
私はどこで間違えたのか?
ASMRは基本的に、リラックス効果をブーストさせるために聴くものだ。
たとえば、電気を消した寝室でベッドの上とかに仰向けとか横向けで寝転がって聴くものだ。
では外で走りながら、血圧や心拍数を爆上げしながら聴くのは間違っているのだろうか?
否。
ジョギングだって、無理にスピードを上げなければ、リラックス効果を得ながら走ることはできる。
つまりジョギングのリラックス効果もまた、ASMRによってブーストさせることができるはずだ。
では私のイヤホンがゴミだったのだろうか?
そういえば私が運動時に使っているスポーツタイプのイヤホンは、運動時にしか使っていないからASMRに使ったことはなかった。
さすがに筋トレ中にASMRを聴こうとは、快楽主義者の私も思わなかったし(めっちゃ力抜けそう……)。
それで私はそのスポーツタイプのイヤホンを耳にはめて、電気を消した寝室でベッドの上とかに仰向けとか横向けで寝転がってASMRを聴くと、私の耳と脳みそと脊髄はちゃんとASMRを感じた。
そりゃそうだよね、2万円もしたイヤホンでASMRが感じられなかったら終わりだよSONY。
2
Aさんは私と同じ快楽主義者なので、こういう人目をはばかる恥ずかしい話も平気だ。
たとえばAさんは自分や他人の喉を開発するのが趣味で、私にいわせればそっちのほうが「あるわけない」だけど、でもAさんが私の目の前で涙目になりながらそれを見せてくれたときは私もたしかに一理あると思った(AさんではなくMさんにしたほうがよかっただろうか?)。
矛盾している!! AさんはMさんなのに、走って走って走り抜いて自分の身体をイジメ抜く快楽に興味がないだなんて!!
それから私はAさんを説得した。
じつは私もマジでAさんにASMRジョギングをやらせたいわけではなくて、ジョギング仲間を増やせれば十分だった。
私はAさんを走らせたいし、Aさんは私の口に指とか歯ブラシとか棒状のモノを突っ込みたがっている、そういう駆け引きが楽しいのだ。
でもAさんは強敵で、(私と違って)小食だし(私と違って)小顔だしスタイルもいいし、特に走る理由がなかった(どうせ口に突っ込むなら食べ物を突っ込めばいいのに。唇や舌や喉を使う場合、ほとんどの人はそうして快楽を得ているんだよ、Aさん!!)。
それで交渉の結果、
- 私がAさんにイヤホンを買うこと
- 私が一緒に走ること
- 1回だけ
以上を条件に、AさんにASMRジョギングを試すと約束させることに成功した。
こういうときは、前提となる条件をさっさとクリアして後戻りできなくさせなければいけない。
つまり私がその場でイヤホンをAmazonで注文して私のほうの約束を最速で果たせばAさんも約束を守るしかない(私との友情が惜しいなら)。
でもASMRを試させるからには、安物のイヤホンではダメだ。
もちろんジョギングも同時に行うんだからワイヤレスじゃないとダメだし、ワイヤレスで高音質となると……。
私は最大で3万円の出費を覚悟した(だいたいApple『AirPods Pro』とかSONY『WF-1000XM4』とかBOSEとかSHUREの高いやつがそれぐらいの値段だから)。
でも私はできれば1万5000円ぐらいに抑えたいと思った。
それで私は映画とかでよく見かける価格交渉、
みたいなやつがやりたくなったんだけど、
ってなって、3000円のイヤホンになりかけた。
いや、だからASMRはそんな安物じゃダメなんだって!! Aさんもわかっているくせに!!
結局私は自分で自分の言い値を5倍につり上げるはめになって1万5000円のイヤホンを買う。
でもこれって、私は予算内の出費で済んで気持ちよく買い物ができているし、Aさんは自分の言い値を隠しながら罪悪感ゼロで1万5000円のイヤホンを手に入れている。
Aさんはこういう駆け引きが本当に上手くて、私は自分の喉が心配になる。
3
深夜早朝、私とAさんは公園の近くで車を降りた。
Aさんは寝起きみたいな軽装とニューバランスのスニーカーだかランニングシューズだかよくわからない靴を履いていた。
走るのは整備された周回コースだし、本格的に走るわけじゃないから、スニーカーでも大丈夫。
私は久々に人と走れて嬉しいのと、Aさんが私のプレゼントしたイヤホンを装着するのが嬉しい。
Aさんは私好みの甘い香水をふってきているのも抱きしめたくなるポイントだった。
でもジョギングなのに……と私は一瞬思ったけど、しかしASMRでもあった。
香りはASMRに作用するだろうか?
たぶんする。
香水やアロマにもリラックス効果はあるんだから、むせ返るような量さえつけなければ、ASMRとの相乗効果は期待できる。
私にはジョギングに香水をつける文化はないから、これはAさんのお手柄だ……。
みたいなことを考えながら、私はAさんと一緒にストレッチをして走り始める。
Aさんには走ることとASMRに集中してほしかったから、Aさんに私の前を走ってもらって、ペースは完全に任せることにした。
ちなみにAさんが選んだASMRは耳舐め系で、Aさんが自分で探して自分で試して一番効果があった音源を持参してもらった。
私はAさんのうしろで、イヤホンもしないで周囲の状況に気を配る。
人気のない暗闇の公園は、慣れていない人間にとっては恐怖だろうし、なにかあれば私に声をかけてくれればすぐに対応するといった。
1キロメートルを10分ぐらいかけてゆっくり走る。
普段走る人間ならわかると思うけど、1キロ10分はかなりのスローペースで、私は遅すぎて逆に疲れるぐらいで全然息切れしない。
一方でAさんは、2キロ走った時点で吐息が荒くなっていて、3キロ走った時点でハアハアいっていた。
私はできれば1時間は走ってほしいとお願いしていたけど、やっぱりいくらスローペースでも、ジョギング習慣のない人間に1時間走らせるのはムチャだったかもしれない……と思っていた矢先、
みたいなAさんの甲高い喘ぎ声が静寂を破って私はビックリする。
え、なに……!? と思って私は周囲を見渡すけど、なにも異常はなかった。
え、もしかして普通に体力の限界で叫んだ……??
でもAさんはハアハアいいながら足は止めない。
ただなんか、「昇り詰めている」感じに息切れしている……ように聞こえるのは、AさんがASMRを聴いているという私の予備知識と受け取り方の問題だろうか?
それからは、またしばらく静寂の時間が続いた。
でも4キロメートルを過ぎたあたりから、Aさんはハアハアっていうよりは、
みたいな息切れを起こし始めて、身体はくの字に曲がりそうだったし、頭を垂れながら走っていた。
なんならヨダレを垂らしていてもおかしくないぐらいの雰囲気だった。
私は思いだす……Aさんが自分の喉をイジメて、えずくのを我慢して涙目になりながら唾液を垂らしていたことを……。
で、これどっちなんだろう……?
体力の限界なのか? ASMRの効果で気持ちよくなっているのか?
う~ん、どっちかわからない。
そもそもAさんにはジョギング習慣がなくて、だから当然私もAさんがジョギングをしたらどうなるのかを知らなくて、いまこのAさんの状況がジョギング時の平常運転なのか異常事態なのかがわからなかった。
体力の限界まで走っていれば当然の姿という気もするし、ASMRのせいで気持ちよくなっている気もするし、その両方かもしれない。
あるいはASMRの効果はないけど、純粋にジョギングの効果のみで気持ちよくなっている可能性もあった。
たとえば喉の開発は、もちろん喉の内側の粘膜をイジるわけだけど、本質的には喉の内側の粘膜の内側の精神面をイジっている。
普通に考えて、喉をイジって気持ちいいわけがないんだから、本当は「喉をイジメられる自分の気持ち」に気持ちよさを感じているのだ。
なんで喉の開発なんかしていない私にそれがわかるのかっていうと、結局のところ、ジョギングも同じだから。
「走らされる自分の気持ち」に気持ちよさを感じることができるなら、ジョギングのみで気持ちよくなれる。
純粋なSの人にはわからないかもしれないけど、Mの快楽とはそういうものだ。
そしてなんだかAさんは、
とかいって、まるで喘息で呼吸ができない人か、喉をかっ切られて死にかけている人みたいに息切れしていた。
え、大丈夫……?
でも大丈夫かどうかなんて、だれにもわかるはずがない。
お風呂にだってヒートショックがあるんだし、セックスにだって腹上死があるんだし、ジョギングやマラソンにだってハートアタックはあるのだ。
私はAさんを邪魔してはいけないと思って見守ることにした。
それからAさんは瀕死の状態から数分ほど走ってから足を止めて、
とかいって息を吐きながら膝に手をついて膝を折り曲げてうんこ座りみたいな姿勢で一休みしようとしたけどその姿勢すらつらくて尻餅をついて脚を崩してDV被害者みたいにくずおれていた。
結局Aさんは50分も走れなかったけど、ジョギング初日としてはまあまあ根性を見せてくれたと思う。
4
と、Aさんは語った。
ちなみに耳は舐めてもらっていなくて、耳を舐められているような音を聴いていただけだ。
その理論はたしかに一理あった。
耳でも乳首でもマイクでも、別に舐めている側は気持ちよくない……つまり、相手に気持ちよくなってほしいのだ。
私は確信した。
ASMRジョギングは効果がある……ただそれは、ランナーズハイの快感とは違う種類の快楽みたいだった。
いや、セックスするんだったら普通に相手に直接耳しゃぶってもらったらいいじゃん……バカなのか。
と私は思ったけど、バカなのは私だった。
だから代わりに私はAさんに、ジョギングで疲れきった身体をお風呂で癒やして、汗を綺麗さっぱり洗い落としてからベッドに寝転ぶと最高に気持ちいいよって教えてあげた。
その気持ちよさは、セックスの疲労感とはまた違う心地よさなのだ。
ASMRもセックスもランナーズハイも、あらゆる快楽に同じものはなくて、区別して愉しめるはずだ。
だから私は、Aさんが味わった脳汁とトランス状態のASMRジョギングを諦めない。
それとAさんは2度とやらないっていったけど、もちろん私がそれを許すわけもない。