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【駄文】なぜ自分の文章はゴミなのか?他人の粗探しは簡単なのに?

自分が過去に執筆したゴミみたいな文章を読んで


ゴミ安田尊@ゴミを謳うブログ。
……なぜ私は、こんなゴミみたいな文章を……
棚上げ安田尊@棚上げを謳うブログ。
他人の文章なら華麗に粗探しできるのに、なぜ自分の文章を棚上げにした……
Question安田尊@Questionを謳うブログ。
もしかして私は、ドクズなのでは……??

と、ビックリしたり、自己嫌悪したりすることがよくありますよね。

もちろん、ドクズの可能性はあります。

が、ドクズではない可能性もあります。


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
なぜ他人の駄文は指摘できるのに、自分の駄文はスルーしてしまうのか?
Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
自分の文章と、他人の文章とでは、読んでいる部分が違うからです。

というわけで本記事では、私たちが駄文を生産する理由と、その対策を述べます。

なおここまでは、わざとゴミみたいな文章を書いています(以後の例で使うため)。


文章チェック安田尊@文章チェックを謳うブログ。
さあ、粗探ししてみよう! 答え合わせはこのあとすぐ!

ゴミみたいな文章とは?「作者と読者のすれ違いを生む文章」


Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
ここまでに登場した「ゴミみたいな文章」の答え

  • ゴミみたいな文章
  • 駄文
  • もしかして私は、ドクズなのでは?
  • 自分の悪辣さにビックリしたり、自己嫌悪したりすることがよくありますよね
  • もちろん、ドクズの可能性はあります
  • が、ドクズではない可能性もあります
  • 自分の文章と、他人の文章とでは、読んでいる部分が違うからです

さて、冷静に考えるとこれらの文章は、ここまでの文脈では意味不明です。

もしもすらすらと読めた読者がいるなら、それは読者が超能力で辻褄を合わせてくれたからにほかなりません。


ゴミみたいな文章安田尊@「ゴミみたいな文章」を謳うブログ。
たとえば、「ゴミみたいな文章」
Question安田尊@Questionを謳うブログ。
って、具体的にはどういう文章?

私は、どういう文章を指して「ゴミみたいな文章」と呼んでいるのか、ここまで明らかにしていません。

それなのに、「ゴミみたいな文章」をテーマに話を進めていく……。


作者安田尊@作者を謳うブログ。
作者の頭のなかには、「ゴミみたいな文章」の具体例があり、作者はそれを読んで話を進めていく。
読者安田尊@読者を謳うブログ。
一方で、読者は「作者の頭のなか」が読めないため、「ゴミみたいな文章」の具体例も読めていない。

作者安田尊@作者を謳うブログ。
作者は、読者を置き去りにしていることに気づかないまま、話を進める。
読者安田尊@読者を謳うブログ。
読者は、仕方がないので、突如として超能力に目覚めて「ゴミみたいな文章」を想像するしかない……。

ゴミみたいな文章安田尊@「ゴミみたいな文章」を謳うブログ。
本記事では、この「作者と読者のすれ違いを生む文章」こそ、「ゴミみたいな文章」であり「駄文」です

  1. 作者視点……「ゴミみたいな文章(作者と読者のすれ違いを生む文章)」
  2. 読者視点……「ゴミみたいな文章(???????????????)」

作者は、括弧内にある自分の考えを読んでおり、意味が通ると思い込んで話を進める。

読者は、括弧内にある作者の考えが読めないため、意味不明なまま話が進行していく。


ブラックボックス安田尊@ブラックボックスを謳うブログ。
書いていないことは伝わらないのに
作者安田尊@作者を謳うブログ。
では、その他の答え合わせに、(作者の考え)を付与していきましょう。

  • もしかして私は、(不公平な評価をする)ドクズなのでは?
  • 自分の悪辣さにビックリしたり、自己嫌悪したりすることが(日常的に読み書きをする人間なら)よくありますよね

このように明文化してあれば、意味不明だった「ドクズ」の意味も伝わります。

また、読者層を限定することで、「よくありますよね」といわれて同意できない人間を極力排除できます。


作者安田尊@作者を謳うブログ。
次。

  • もちろん、(自己認識や自己評価が正しく)ドクズの可能性はあります
  • が、(問題は性格や人格に起因せず)ドクズではない可能性もあります

基本的に、この手の「あらゆる可能性を考慮した文章」は、存在自体がゴミです。

例外として、括弧内のような補足が明文化してある場合、前後の文脈をスムーズに繋げる役割を果たします。


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
では、補足がなければ?

  1. Aの可能性はある
  2. Bの可能性もある

なんてことは、なんにでもいえますよね(例:いえるかもしれないし、いえないかもしれない……)。

つまり、書く意味がなければ、書く必要もないゴミです(ポエムを書きたい気分のとき以外は)。


作者安田尊@作者を謳うブログ。
ラスト。

  • 自分の文章(作者の頭のなかまで読める)と、他人の文章(作者の頭のなかまでは読めない)とでは、読んでいる部分が違うからです

まあこれでもまだ若干の意味不明さはありますが、この例では(括弧内で作者の考えを示すという)縛りプレイの分だけ、わかりにくくなっています。

通常の文章では、


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
なぜ他人の駄文は指摘できるのに、自分の駄文はスルーしてしまうのか?
Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
自分の文章と他人の文章とでは、読んでいる部分が違うからです。
作者安田尊@作者を謳うブログ。
自分が作者であるときだけ、作者の意図まで完璧に読めますよね。

  1. 自分が作者のとき……作者が書いていない思考部分まで読めるため、「文章+思考」を評価してしまう
  2. 自分が読者のとき……作者が書いていない思考部分は読めないため、純粋に「文章」だけを評価できる

……などと書けば問題ありません。

問題ありません……よね?(私はいま、私の文章を思考込みで評価しているため、問題があるかどうかがわかりません……だれか助けて!!)

文章のチェック方法は?他人に読んでもらうのが一番だけど?


自己責任安田尊@自己責任を謳うブログ。
さてしかし、自分を助けられるのは自分だけなので、自分で対策を考えます。
他力本願安田尊@他力本願を謳うブログ。
というのはゴミみたいなポエムで、普通に他人に読んでもらえば解決します。

  • 家族
  • 友人
  • 愛人

など、予め本命の読者以外に自分の文章を送りつけて、ゴミみたいな文章になっていないかチェックしてもらいましょう。


持つべきものは友安田尊@「持つべきものは友」を謳うブログ。
持つべきものは友だね!
完安田尊@完!を謳うブログ。
完!

ゴミ安田尊@ゴミを謳うブログ。
というのはゴミみたいなポエムで、たとえばブロガーが、毎回毎回何千文字とか書いているゴミをいちいち全部チェックしてくれる家族や友人や愛人など存在しません。
自己責任安田尊@自己責任を謳うブログ。
自分を助けられるのは自分だけ

ちなみに、こんなふうに主張をコロコロ転がすと、読者の混乱を招くとして駄文判定を食らいやすいので注意しましょう(私は面白いからやめないけど)(ドクズ)。

では、他力本願ルートを潰したところで、次の項目から自力救済に入ります。

自分で自分の駄文をチェックする方法は?客観的な評価方法!


文章チェック安田尊@文章チェックを謳うブログ。
自分で自分の「駄文チェック」をする方法は、おおまかに分けて3つです

  1. 自分が他人になる
  2. 自分が他人になる
  3. 自分が他人になる

ごめんなさい、私はもう病気みたいで、こういうゴミみたいな文章を面白がって書くのがやめられません。

私みたいに手遅れになる人がひとりでも減ることを願って、以下に解説を記します。

文章は寝かせよう!過去の自分が書いた文章は他人の文章


~自分で自分の駄文を推敲する方法その①~

果報は寝て待て安田尊@「果報は寝て待て」を謳うブログ。
果報は寝て待て

文章を書き上げたら、しばらく寝かせて待ちましょう。

時が過ぎ、自分の細胞が入れ替わり、記憶が失われるのを待つのです。


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
たとえば、30年前の自分は、現在の自分と同一人物でしょうか?
Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
まあ、他人ですよね、生まれていない人もわりといるぐらいには。

Question安田尊@Questionを謳うブログ。
では、3年前の自分は、現在の自分と同一人物でしょうか?
Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
まあ、どちらかといえば他人ですよね、タイムマシンで会いに行って説教をかましたい程度には。

Question安田尊@Questionを謳うブログ。
なら、3日前の自分は、現在の自分と同一人物でしょうか?
Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
まあ、3日前も他人だね、だって3日前に食べたご飯とか覚えていないし。

こうして、3日前の自分は、他人であることが判明しました。

これは昔の、男女差別が根強い時代(三国志演義)の名言ですが、


呂蒙呂蒙のイメージ
男子、三日会わざれば刮目して見よ
男子、三日会わざれば刮目して見よ安田尊@「男子、三日会わざれば刮目して見よ」を謳うブログ。
男子(人間)は、三日前に会ったとき無能だったとしても、今日会えば別人のような有能に変わっていることがあるので注意しなさい。

という言葉もあるとおりです。

人間は、3日で変われます。

つまり、


責任転嫁安田尊@責任転嫁を謳うブログ。
3日前の自分が書いた文章は、他人が書いた文章。

粗探し安田尊@粗探しを謳うブログ。
他人の文章を粗探しするときみたいに、批判や揚げ足取りや論破ができるはず。

良い文章安田尊@良い文章を謳うブログ。
そうして粗を潰していけば、良い文章になります。

以下はおまけとして、アメリカを代表する小説家、アーネスト・ヘミングウェイ(代表作『老人と海』)の逸話です。

 ヘミングウェイの旅行鞄は、よく知られた話かも知れない。ヘミングウェイは原稿を書きあげると、トランクに入れて、銀行の貸金庫に預けた。しばらく時間をおいて取り出し、手を入れてから発表するかどうかを判断した、という。かれは推敲型の作家だった。

ソース:波 長谷川郁夫「小川国夫のヘミングウェイ時代」 – 新潮社の電子書籍 – 2022年4月17日閲覧。

読者視点で考えよう!私たちは作者視点で考えすぎている


~自分で自分の駄文を推敲する方法その②~

読者視点安田尊@読者視点を謳うブログ。
読者視点で考える

締め切り安田尊@締め切りを謳うブログ。
さてここからは、3日も待てない方向けに、手っ取り早く「他人」になる方法を述べます。
Question安田尊@Questionを謳うブログ。
まず私たちは、国語教育の弊害で、「作者の気持ち」を考えすぎていますよね?

  • 作者の気持ち
  • 作者の意図
  • 作者の伝えたいこと

私たちは、まるで王様にひれ伏す奴隷のように、「作者視点」で文章を読むように調教されてきました。

一方で、


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
この文章を読んだとき、ほかの読者ならどう思うだろうか……?

といった、「読者視点」には乏しい。

特に、自分が文章を作成する側ともなれば、もはや自分が王であるといわんばかりに「読者視点」なんて消し飛んでいる場合も多いでしょう。

そして、王の圧政に苦しむ民のように、読者は苦しむ。


王安田尊@王。を謳うブログ。
まあ私は苦しいなら無理に読まなくていいと思うし、ここは私のブログだから私の王国であって私が王様なのは紛れもない事実だし、こんなふうに独りよがりな例え話をして王様を気取ったとしてもなにが悪いの?

ゴミ安田尊@ゴミを謳うブログ。
↑みなさん、この醜悪な作者によって、ゴミは生み出されます。

ゴミを削減するためには、一旦「作者視点」を殺して、「読者視点」を持つべきです。

その上で、自分の文章を読み返し、


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
この文章を読んだとき、ほかの読者ならどう思うだろうか……?
Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
はいゴミ~!

悪い文章安田尊@悪い文章を謳うブログ。
という感想が聞こえてきたら、読者を殺したい「読者視点」を殺したい気持ちを抑えて、悪いと思われる文章を修正していくしかありません。

自己批判をしよう!自分に厳しい読者になりきって客観視


~自分で自分の駄文を推敲する方法その③~
多重人格安田尊@多重人格を謳うブログ。
多重人格になる

読者視点安田尊@読者視点を謳うブログ。
ちょっといきなりなにをいっているんだという話ですが、「読者視点」の発展版です。
別人格安田尊@別人格を謳うブログ。
そもそも私たちは、日常的に「人格」を使い分けていますよね。
リアル安田尊@リアルを謳うブログ。
たとえば私は、ここまで書いてきたような文体で、日常生活を送ってはいません。

  1. 現実世界で日常生活を送る私
  2. ブログでこの文章を書いた私
  3. 現実世界で仕事相手と話す私
  4. ネットでゲーム友達と遊ぶ私

上記の「私」は、言葉遣いから性格まで、それぞれが別の人格だといっても過言ではありません。

家族と接するときの自分と、セフレと接するときの自分、同じ人格でしょうか?


ゴミクズ安田尊@ゴミクズを謳うブログ。
ブログの私は、どう見てもゴミクズです。

ご覧のとおり、平気で「ゴミクズ」みたいな悪口を使います。

「セフレ」みたいな、下品な例え話もしまくっています。

表現の自由最( `_ゝ´)フォオオオオオオオオオ!!!!


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
さてしかし、仮に私(ブロガー)が、こうしてストレスの発散に成功しているとしたら……?
リアル安田尊@リアルを謳うブログ。
私(リアル)は、とても温厚で、心が広いかもしれません。

  • 優しい
  • 良い人
  • 怒ったり、下品な会話に加わったりしているところを見たことがない

などと、好感触を得ているかもしれません(そしてそのうち、「あんなに良い人がどうして……」と、近所の人がマスコミに好き勝手喋るような凶悪事件を起こすかもしれません)

このように、私たちは日常的に、「人格」を使い分けています。


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
じゃあ、自己批判が大好きな「人格」を作って、そいつに自分の文章を読ませればよくない?

以下は、日本を代表する漫画家、冨樫義博氏(代表作『HUNTER×HUNTER』)の逸話です。

 私の頭の中には、田所さんと今井さん(どちらも仮名)という二人の人物がいる。田所さんは絵を描くのが専門で今井さんは企画や話(ストーリー)を考える。田所さんは自尊心が強く根性なし。今井さんは軽薄で節操がない。たまに二人が仕事の事で口論をすることがある。ひどい時には私も加わって大論争となるが、第三者が見ると、不気味な独り言なのだ。宿主の私としては絶対他人には見せられない光景である。

ソース:冨樫義博『レベルE』第3巻(カバー折り返しの作者コメント欄)

まとめ:なぜ読者の気持ちを考えて書かなければいけないのか


まとめ安田尊@まとめを謳うブログ。
それではおさらいも兼ねて、ここまでの要点を3点でまとめます。

  1. 「ゴミみたいな文章」の定義は?「作者と読者のすれ違いを生む文章」
  2. 「ゴミみたいな文章」の原因は?作者が自分の脳内で読み書きしている
  3. 「ゴミみたいな文章」の対策は?作者が他人になりきって自己批判する

以上です。


自己中安田尊@自己中を謳うブログ。
最後に、私のような自己中タイプの書き手でも、読者の気持ちを考えて書くべき理由を述べて終わります。

  1. 自己中タイプの書き手……自分の書きたいものを書く作者
  2. ご奉仕タイプの書き手……読者に読まれるものを書く作者

①「自己中タイプ」の書き手は、ぶっちゃけ、読者とのすれ違いなんてどうでもいいと思っています。

でもすでに述べたとおり、


読者視点安田尊@読者視点を謳うブログ。
自己中タイプの書き手も、成長すれば、「読者視点」を持つようになる。

自己中タイプの私が、ここまで読者ファーストの理論を披露できているのがその証拠です(実践しているかどうかは別にして)。

つまりこういうことです。


王安田尊@王。を謳うブログ。
まあ私は苦しいなら無理に読まなくていいと思うし、ここは私のブログだから私の王国であって私が王様なのは紛れもない事実だし、こんなふうに独りよがりな例え話をして王様を気取ったとしてもなにが悪いの?
黒歴史安田尊@黒歴史を謳うブログ。
将来、成長した(読者としての)自分に読まれたとき、(作者としての)自分が恥ずかしい思いをするから悪い

  1. 純粋な読者……低レベルな(恥ずかしい)文章を読んでも、他人の恥なので、感情としての恥ずかしさは感じない
  2. 読者兼作者……低レベルな(恥ずかしい)文章を読んだとき、読者と作者両方の性質を併せ持つため、地獄を見る

以上、本当に自己中なら、可愛い可愛い(未来の)自分に恥をかかせるような真似は慎んだほうが賢明です(でもゴミみたいな文章書くのやめれないんだけどwww)。

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