BUKKAKEは暴力です。
一方、イギリスでの事件の受け止められ方は大きく異なっている。世論調査では、なんと66%もの人が今回のような非暴力の直接行動に理解を示している(The Guardian『Huge UK public support for direct action to protect environment – poll』)。もちろん、イギリス人にとっても、一連の抗議活動は、自分の常識からかけ離れた行動に違いない。けれども、抗議活動に対する反応は、日本とイギリスで大きく異なっている。この違いを生むのが、日本に蔓延する「想像力欠乏」状態である。
ソース:「ゴッホ名画にスープ投げ」を理解せぬ日本の欠点 – 東洋経済オンライン – 2022年11月10日閲覧。
↑英・ガーディアン紙のリンク先を確認しましたが、ちゃんと「非暴力の直接行動(原文:Nonviolent direct action)」や、トマトスープBUKKAKE事件と関連づけられていました。
というわけで、もう、日本人はしっかり「想像」して!
ということらしいですが、想像力欠乏症の私は思いました。
嗚呼、せっかく私が暴力賛成派(クズ)から反対派に鞍替えしても、クズのままでは意味がありません……。
したがって、検証の必要があります。
では以下目次です。
上等な絵画にトマトスープをブチまける思想
~「環境活動家トマトスープBUKKAKE事件」の概要~
10月14日、イギリス・ロンドンの美術館で環境活動家が、ゴッホの代表作「ひまわり」にトマトスープをかけるという事件が起こりました。「エコテロリズム」という批判がある一方で、「当事者の抱える困難を想像し、『学ぶ力』が日本には欠けている」と指摘するのが、経済思想家で東京大学大学院准教授の斎藤幸平氏です。
ソース:「ゴッホ名画にスープ投げ」を理解せぬ日本の欠点 – 東洋経済オンライン – 2022年11月10日閲覧。
↑まず、イギリスの環境活動家「ジャスト・ストップ・オイル(とにかく石油を止めろ)」が、なぜか美術館で有名絵画にトマトスープをBUKKAKEました。
そして、その謎のBUKKAKEに、「当事者の抱える困難さ」を想像したのが東京大学大学院准教授の斎藤幸平氏です。
斎藤幸平氏は解説します。
実は、SNS上で今回の事件の張本人が語っているように、彼女らはすでにデモも、署名も、政治家への嘆願も、何年間も地道に行ってきた。けれども、二酸化炭素の排出量は減っていない。今後、もし各国が現在掲げる温室効果ガス排出削減目標が達成できたとしても、今世紀末までの気温上昇は2.6度になるという。これは、科学者たちが警告する1.5度という数字を大きく上回ってしまう(そして目標が達成される保証ももちろんない)。
要するに、今までのやり方では、まったくもって不十分なのだ。にもかかわらず、私たちの大半は気候危機について気にせずに普段どおりの暮らしをしている。みんなが、もっと真剣に、この危機にどう対処すべきかを考えなければならないのに。そんな状況での苦肉の策が今回の行為というわけだ。もちろん、作品本体に傷がつかないことは知っていたという。
若者たちの問いはこうだ。地球と「ひまわり」、どちらが美しいのか。そんなもの比べる対象でないといいたくなるかもしれない。だが、この広大な宇宙で唯一、これほど多くの生命体が存在している地球のほうが美しいと、ジャスト・ストップ・オイルの若者は考える。その地球を守るべきときになにもせず、資本主義社会はたった1枚の絵画に120億円という何人もの命や環境改善をできるバカみたいな価格をつけて、崇めている。
ソース:「ゴッホ名画にスープ投げ」を理解せぬ日本の欠点 – 東洋経済オンライン – 2022年11月10日閲覧。
↑う~ん、「そんなもの比べる対象でないといいたくなるかもしれない」と、ご自分で論破されているとおりだと思いますが……。
そのあとに続く「だが」が、なにも反論として成立しておらず、論理が飛躍しています(環境活動家の考えの前に、比較対象として正確かどうかの話を飛ばさないで?)。
なお補足として、絵画『ひまわり』はガラスケースで保護されていたため無傷でした。
イギリス人はこのばかばかしさを目下、痛感している。戦争に起因するインフレのせいで、トマトスープを温めるための電気代も払えない人たちがイギリスにはいる。ジャスト・ストップ・オイルは、自分たちの個人的な願望を要求しているのではなく、多くの弱い、声を上げられない人たちに代わって、自らをリスクにさらす行為に出たのだ。
だからこそ、この格差も環境破壊も放置し、弱者へツケを回す社会への怒りや将来への不安を、多くのイギリス人は共有し、支持したのである。
ソース:「ゴッホ名画にスープ投げ」を理解せぬ日本の欠点 – 東洋経済オンライン – 2022年11月10日閲覧。
(中略)
そのためには、私たちマジョリティーも、当事者の抱える困難を想像し、「学ぶ力」を日ごろから醸成しておく必要がある。ところが、そのような「学ぶ力」が、日本には欠けている。
ふむふむ、イギリス人は、格差社会や少数派や弱者の怒りに共感していると……。
そして日本人も、弱者の怒りや不安に共感するべきだと……。
以上が、東京大学大学院准教授さんの指摘する、日本人の「想像力欠乏」の概要です(中略部分は著者の本の宣伝です)。
「非暴力」の意味は?スープ投げは「暴力」
環境活動団体「ジャスト・ストップ・オイル」のバックストーリーはわかりました。
そしてイギリス人が、格差社会や環境破壊に怒っていることもわかりました。
でもそんなものをいくら長々とぶっちゃけたところで、
ぼう‐りょく【暴力】 の解説
ソース:暴力(ぼうりょく)の意味 – goo国語辞書 – 2022年11月10日閲覧。
1 乱暴な力・行為。不当に使う腕力。「―を振るう」
2 合法性や正当性を欠いた物理的な強制力。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
ぼうりょく【暴力】
ソース:岩波 国語辞典 第七版 新版 – 株式会社岩波書店
乱暴にふるう力。無法な力。「―をふるう」
→暴力革命
→暴力団
こうしてただ国語辞書を引くだけでも、
ソース:ゴッホの「ひまわり」にトマトスープぶちまける、環境活動家の女2人逮捕 – Yahoo!ニュース – 2022年11月10日閲覧。
つまり当然、「暴力反対」を標榜するのであれば、ゴッホの『ひまわり』にトマトスープをBUKKAKEる行為にも反対するべきです。
ついでに、Wikipediaも加えて「非暴力」を見てみると、
ひ‐ぼうりょく【非暴力】 の解説
ソース:非暴力(ひぼうりょく)の意味 – goo国語辞書 – 2022年11月10日閲覧。
暴力を用いず、断食・座り込み・ボイコット・サボタージュ・ゼネストなどで民衆が権力に対して抵抗すること。ガンジーやキング牧師の指導のもとに行われた運動が知られる。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
非暴力(ひぼうりょく、英:Nonviolence)とは、体制変革における理念のひとつであり、ハト派で、抑圧を受けている民衆が政治体制の変革を求めるにあたって、戦闘的、暴力的に支配者を倒すことではなく、粘り強く、弾圧されても決して屈せずに、言論を以って変革の必要を主張し続けることである。
非暴力 – Wikipedia – 2022年11月10日閲覧。
さて、ガンジーやキング牧師は、美術館で有名絵画にトマトスープをBUKKAKEるような抗議をしたでしょうか?
彼らがそのような暴力を働いていれば、今日のような名声はなかったでしょう。
そして、そのような暴力を「言論」だと言い張るなら、
暴力反対か?暴力賛成か?ハッキリしろクズ
勘違いしないでほしいんですが、私は最初から述べているとおり、むしろ暴力的な活動には賛同しています。
活動家の暴力、大いに結構。
暴力革命最高!
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↑みたいな記事も、先月投稿したばかりです。
だからわかります、署名だの言論だの、無力ですよね?
無関係や無関心を決め込んでいる世間に、弱者の怒りを「わからせる」には、暴力しかありませんよね?
私は、山上容疑者の完璧な暴力は、理解も共感も同情もできます。
自らの不幸と関係のある相手を狙い、無関係な他人には銃弾を当てず、クソみたいな言い訳もしていないからです。
一方で、謎のトマトスープBUKKAKE団体はどうでしょうか?
そんなに資本主義が憎いなら、イーロン・マスクにトマトスープをBUKKAKEればいいのに。
無関係な絵に、無関係な食べ物をBUKKAKEている謎のオナニーには、理解も共感も同情の余地もありません。
挙げ句の果てに、
暴力抗議は、「暴力はダメだが、暴力以外に方法がないから暴力を振るう」という正々堂々とした態度だから、真に迫るんであって……。
「これは非暴力です」とか言い訳しながら、逃げ腰弱腰へっぴり腰で、絵に八つ当たりをするのはコメディです。
そんな非暴力カモフラージュ、非暴力ウォッシュに国を挙げて賛同しちゃうイギリス人、
一方で、批判しまくりの日本人、賢すぎ(東京大学大学院准教授を除く)。
日本人はちゃんと、トマトスープBUKKAKE団体の暴力性を見抜いているし、「暴力反対」ができていますよね(私を除く)。
私は暴力賛成、多くの日本人は暴力反対、まあ日本人の8割以上は死刑賛成だった気もしますが、
まとめ:女性の服にBUKKAKE!支持する?
- 環境活動家が、美術館でゴッホの『ひまわり』にトマトスープをBUKKAKEる抗議を行なった
- 日本ではBUKKAKEを抗議に用いる精神が理解されず批判されたが、イギリスでは理解された
- BUKKAKEを「暴力」と考える日本と、「非暴力」と考えるイギリス、正しいのは日本だよね
以上です。
いうまでもなく、「暴力」とは、人体や肉体に対する攻撃だけを指すわけではありません。
~トマトスープBUKKAKE思想~
では、弱者男性が街で見かけた女性の服にミルク(意味深)をBUKKAKEても、女性本人に傷がつかないことを知っていればセーフなんでしょうか?
服は洗濯すればいいし、買い換えてもいいし?
女性はお風呂に入ればいいんだから、暴力ではない?
~心の傷~
そこで、女性にミルクをBUKKAKEるしかなかった弱者男性の背景を想像しろといわれても、暴力は暴力でしょう。
そのBUKKAKEを、「非暴力の直接行動」とかいって支持するバカはキモすぎて無理。
以上、そんなに「想像力」に自信があるなら、「心への暴力」や「気持ちへの暴力」だって想像するべきだと思いませんか?
十万人の名前より、ひとりの行動が世界を変える。安田尊@答えを謳うブログ。こんにちは、前回の記事で、【ルサンチマン】強者に嫉妬して精神勝利する負け犬の解説!AmazonのCEOジェフ・ベゾス氏の記事を引用しました。~これま[…]
イエスバット法とは、主に営業マンが使用してきた交渉術です。安田尊@答えを謳うブログ。こんにちは、前回と前々回の記事では、【指導】女子高生を暴言と暴力で自殺させても無罪ってマジ?【暴論】絵画にトマトスープを投げる抗議活動は「非暴[…]