成人式と葬式がいっぺんにきたと思ったが、別にきていない。自分の成人式には自分が出席するんだし、友だちの葬式にも自分が参列するんだから、私が成人式と葬式にいっぺんにいくことはあっても成人式と葬式がいっぺんにくることはない。だからお盆と正月がいっぺんにきたらそれは避けられない災難だけど、成人式と葬式は余裕で避けられる。嫌ならいかなければいいだけだ。
「急な話でごめんだけど、きてくれるよね……?」
長浜の訃報を電話してきた琵琶は通夜と葬式の日程を伝え終わると出席の確認を取ってくる。琵琶は長浜とは親友だった。私も長浜とは仲良いほうだったと思うけど大学で知り合った私と大学以前から仲良しだった琵琶とじゃ勝負にならない。別に勝負はしていないけど。
「ん~、成人式があるんだよね」と私は一応悩んでいるふりをして相手の出方をうかがった。
「あ、そっちっていつ?」
「葬式と同じ日」
「ああ、こっちも同じだから大丈夫」
「大丈夫?」
ってなにが大丈夫なんだ。成人式と葬式の日取りがかぶっているなんてどう考えても大丈夫ではない。頭大丈夫か?
「いや、長浜の地元も同じ日に成人式だからさ……うちでやっていいって長浜のお母さんがいってるんだよね」
「え、なにを? 成人式を?」
「うん。長浜だって成人なんだし……」
やっぱり頭がおかしかったか。どこのご家庭が自分ちで成人式を開催するんだよ。しかも自分ちの子どもの葬式の日に。百歩譲ってその子がその日に成人式を迎えるはずだったからって内々でやるならまだまだしも、知人友人を呼んで同時開催はありえないから……って、もしかして「内々」には知人友人も入っているのか? いやそうだとしても、私は入れるな。
「あのさあ……」
長浜は死んだんでしょ? 成人式ってのは、子どもの人生を大人として仕切り直して、新しい門出を祝う式典なわけ。生者が死者として仕切り直して、三途の川を渡る儀式じゃないわけ。てか長浜、親御さんより先に死んじゃってるけど、三途の川渡れるの? その手前の賽の河原で一生石積んでは鬼に蹴飛ばされるやつやらされるんじゃないの?
みたいなことを私は直感的に思うが、その場では上手く言語化できないしシンプルに断る。
「ごめんいけない」
「なんで? 長浜と仲良かったよね?」
「こっちにはこっちの成人式があるし、そっちの葬式には出られないよ。美容室とか衣装とかも何ヶ月も前から予約してるんだし」
「だから、成人式の格好でいいんだよ?」
「そっちで成人式はやらない」
「そっちで成人式をやったあとこっちにこれると思う。成人式って午前中に終われるでしょ? もしそっちで午後の部に参加するなら午前中にこっちきてくれたらいいし……」
そっちとかこっちとかウゼーな。こっちは頭まともなグループ、そっちは頭おかしいグループ。たとえ時間的に余裕があってもそっちにはいかないんだよ。
「わかった」なにが?「じゃあ通夜で話し合おう」
といわれるが、私は通夜になら参列するとは一言もいっていない。勝手にわかったとか言い出すやつに限ってなにもわかっていない。
「ごめん通夜にもいけない」
「は? なんで?」
「成人式の準備とかあるし」
「長浜のこと嫌いだった?」
「は?」
「自分のことばっかりだよね。さっきから」
はあ? 自分が自分のことばっかり考えてなにが悪いんだよ。次の言葉は「友だちだったら」か? 友だちだったら、友だちだったら、友だちだったら……友だちだったら、成人式の日に葬式をぶつけてくるなよボケ。
「そんなに成人式とか二次会とかのほうが大事? 長浜死んじゃったのに……楽しめるの?」
「わからない」
「藤野とか七里はきてくれるっていってるよ?」
と同調圧力をかけられて私はもう完全に行く気がなくなる。私の代わりがいる場所に私は興味がない。
「ごめん私はいけない」
私が繰り返すと琵琶は黙り、息を詰まらせたような鼻息の音が入る。悲しんでいるのか苛立っているのか知らないけど、まあ両方だろう。私もイライラしているし。じゃあ切ろう。
「じゃ、ごめんね」
私は電話を切ってため息。なんでこんなにごめんごめん連呼しているんだろう、アホらし。
それで私は正月休みを家でごろごろ、こたつでぬくぬく猫を愛でて過ごす。みゃ~お。
していると家に七里がくる。
「ちょっと近くに寄ったから」
とかいって会いにきて、なんかにこにこだけど嫌な予感がする。でも気が抜けていた私は七里を部屋に上げてしまう。
水お茶コーヒーブランデーウイスキーのなかでコーヒーが選ばれて嫌な予感は続いている。同じブラックならジョニ黒のほうがよかった。お酒のラベルには「飲酒は20歳になってから」とは書いてあっても「飲酒は大人になってから」とは書いていない。
「なんで葬式こなかったの?」
「ん~」ハァ……やっぱりそうきたか。私はコーヒーを一口飲んで一息つく。コーヒーにあるのはリラックス作用だっけ? 興奮作用だっけ?「成人式があったから」
「成人式もきてない」
「うん?」
「だれもあんたに会ってないってさ」
「あ~」
いちいち調べたの? 出口調査か聞き込み調査みたいに? キモ。
「成人式より葬式より大事な用事でもあったの?」
「いや別に」
「ちゃんと答えて。大事な用事があったんだったらなにもいわないから」
「ん~大事な用事……」
がなくてもなにかいう権利なんておまえにないだろうがよ、と思う私はすでに臨戦態勢だ。責める気満々のやつ前にして弱気になっていいことなんてひとつもなかったからなあこれまでの人生、と思いながらでも私は膝に乗せた猫を撫でて落ち着く。みゃ~お、無駄に喧嘩腰になってもいいことは
「別にない」
「琵琶に成人式があるからっていって断ったのは本当?」
「うん」
「で、成人式にもいってない?」
「うん」
「なんでそんな嘘ついたの? 琵琶、もうあんたと会わないっていってるよ」
「そうなんだ」
琵琶には以前愚痴を聞いたときに「ストレス源は潰すか近寄らないかだよ」ってアドバイスを送ったけど、実践できているようでなにより。でもわざわざ七里が会いに来てチクってくるのは気になるけど、七里は琵琶に一緒に潰そうと誘われたんだろうか? それとも一緒に近寄らないように誘われて逆に私のこと心配して会いに来たの? どっちにしてもどんなパターンでも、もうほんとそういうのめんどくさい。
「もういい大人なんだから、ちゃんとわかるように説明しようよ。じゃないと琵琶がかわいそう」
「意味がわからない」
「親友の葬式の誘い断られて、嘘つかれて、かわいそうなのがわからないの?」
「いやそうじゃなくて、自分がいい大人だとは思わないし」
「20歳なんだから大人でしょ」
「そうかな」
そうなのかな? 20歳以上なら大人、20歳未満なら子ども……みたいな他人が勝手に決めた線引きをすんなり受け入れようとは思わない。だって私に関係ないじゃん。その線引きは線を引く国や線が引かれる時代が変われば変わるんだし、一貫した根拠がない。自分の線を引けるのは自分だけじゃないのか? 自分で引く線にももちろん根拠はないが、他人が勝手に引いた線よりは受け入れようって気にはなる。
「それにいい大人ならちゃんとするべきとも思わない。ちゃんとってなに? 意味不明だし」
「ちゃんとはちゃんとでしょ」
ほら。ちゃんと説明できてないじゃん。
大人ならちゃんとした説明能力があるはずだって迷信が嘘なんだってことぐらい、不祥事を起こした会社のいい歳したおっさん役員の会見とか汚職や不正を追及されてるいい歳したおばさん政治家の国会とかろくに説明責任も果たさず幼稚な言い逃れに終始してメディアの取材から逃走するいい歳した責任者のみっともない姿見ればわかるだろ。
「七里は、ちゃんと成人式にいったの?」
「いってない。葬式にいったから」
「長浜の葬式、成人式もやったんじゃないの?」
「いや、最初から葬式のつもりでいってるから」
「でも長浜の成人式でもあったんでしょ? それはちゃんとした成人式だったの?」
大人ならちゃんとしろよっていうんだったら、長浜の成人式でもちゃんとしろよっていったの? 長浜のお父さんとかお母さんに? ちゃんとした成人式なんだったら、ちゃんとした市長とかをちゃんと呼んでちゃんとスピーチをしてもらうはずだよねちゃんと。
ちゃんとした市長「みなさんはもうちゃんとした大人です。これからはちゃんとした大人の自覚を持って、ちゃんとした人生を歩んでいってください……」
ちゃんとした人生ってなに?
成人式の壇上で偉そうに新成人に説教を垂れる市長はちゃんとした人生か?
それで親より先に死んだ親不孝者はちゃんとした人生を送ってないってか?
そんなのわからないじゃん。
私にわかっているのはスタートとゴールだけだ。生まれたときがスタート、死んだときがゴール。でもその途中、どういう人生を歩めばちゃんとしたゴールにたどり着けるのかはわからない。たとえばサッカーならボールを相手ゴールの枠内に叩き込めばいい。でもボールを手で持って運んでゴールしてもちゃんとしたゴールとは認められない。マラソンだってそう。予め決められた正しいコースを正しい方法で正しい順序で走らなければちゃんとしたゴールとは認められない。じゃあ人生は?
親より先に死んだ子はちゃんとしたゴールとは認められず、賽の河原に送られて無限に石積んで鬼に蹴飛ばされる?
ちゃんとしたゴールが天国なんだとしたら、その子は失格を食らってペナルティを受けている。
でも賽の河原は地獄だとしても生ぬるい。ただ無限に石を積んでいればいいんだから、全身を刃物で無限に切り刻まれ続ける地獄とか全身を業火で無限に焼かれ続ける地獄とか全身を血の池に沈められて無限に溺れ続ける地獄とかに比べれば天国に近い。
まあ私の考えでは天国も地獄も賽の河原もファンタジーなのだが、仮にそういうゴールがあるとして……。
どういう条件を踏めば「ちゃんとした」ゴールにたどり着けるのかがわからない。一般的にいう親より先に死んじゃダメとか自殺しちゃダメとかだって、もし天国や地獄的な死後の世界が存在するんだったら天使や悪魔だって存在するんだろうし、私が悪魔だったら正解ルートを嘘で塗り固める。つまり本当は親より先に自殺した人間だけが輪廻転生とかから抜けて天国や極楽浄土的なちゃんとしたゴールにたどり着けるんだけど、悪魔はそれ阻止したいからダメだよ親不孝者は地獄行きだよとかいって嘘の噂を流す。それで私たちはまんまと悪魔に騙されてその嘘を信じているかもしれない。だってよくよく考えてみれば親が死ぬまで親離れもできず親孝行に執着してこの世にしがみついているなんて悟りとは程遠いし、まだまだ修行が足りないねえ~もう1周生き地獄で修行いってみようかあ~って天国行きを拒否られてもおかしくない。てか悪魔にそんな噂流されるの許すとか天使はなにやってんの? わからない。逆に噂が天使の伝える真実なんだったら、そんな正解の攻略ルートをばらまかれて悪魔はいったいなにやってんの? わからない。
なにもわからない。
わからないのに突っ走って、それが逆走で地獄に邁進していたら最悪だし。
私は進むことも戻ることもできずに立ち往生している。
そういう意味では、ここも賽の河原だ。スタートでもゴールでもないその狭間で、一生石を積むみたいに苦悩を積んではああでもないこうでもないと崩してまた積み直す。
私は前世で親より先に死んだんだろうか?
てか、まあ前世も信じていないんだけど。
仮に前世も来世も天国も地獄も賽の河原も存在しないんだとしたら、ちゃんとしたゴールがないんだとしたら、ちゃんとした人生もクソもないし。
私はどう転んでもどうすればいいのかわからないから転ばないように立ち止まっている。
なにもわからないんだ、なにも。
でも唯一わかるのは、みんなも同じはずだってことだ。
みんなもなにもわかっていないはずだ。
自分の人生がちゃんとしているか、自分は正しいゴールに向かっているか、自分は正しい人生を歩めているか?
わからない。
わからないのに、このちゃんとしたクソ市長はいったいどの立場で他人の人生に説教を垂れてやがるんだ? おまえのほうが間違っていて地獄落ちかもしれないのに。
って、私は成人式に出席していないんだからこんなイマジナリー市長に八つ当たりしていても仕方がない。
「嘘をついたのはごめん」私は七里に謝る。私が死んだら閻魔様に舌を引き抜かれるんだろうかと思いながら。「本当いうと、いかなかったのは、いきたくなかったからとしかいえない」
「そう……まあ、気持ちはわかるよ」
いや、絶対こいつなにもわかってないだろと私は思うが、じゃあわかるようにちゃんと説明してよってまたいわれたらめんどくさいからなにもいわない。だってイマジナリー市長に話したようなこと全部話せっていうの? イマジナリー市長は理想的な聞き上手だけど、七里は途中で口を挟んでくるんだろうしもう想像しただけでウザい。どっちも想像なのにね、と思っているうちに七里はやっとコーヒーカップに口をつけて一口目を飲んで、
「はぁ……たしかに変な葬式ではあったし……いきたくなかったっていわれたらそっか……」
「うん」
まあだから変な葬式だからいきたくなかったわけじゃないが……それが正しいやり方なのか変なやり方なのか、どれがご愁傷様でどれがおめでとうなのかがわからないからいきたくなかったのだが、それで丸く収まるんならそれでいい。
「ちなみに、責めるつもりできたんじゃないからね?」
「うん」
「ほんと、たまたま近く寄っただけだから」
「知ってる」
おまえも閻魔様に舌抜かれると思うけど、まあそれで丸く収まるんならそれでいい。大人になるってことは、歳を取って丸くなって、なんでも丸く収められるようになることなんだろうから。嘘でも付き合ったり、嫌でも頭を下げたり、でももうこれ以上は譲歩しないからと言外に脅したり……それをお互い受け入れたりして、上手に付き合いを続けていけるようになるってことなんだろうから。
でも悪いけど、私はしょうもない嘘も言い訳も脅しもなしに友だちの誘いだろうが親友の葬式だろうが身内の葬式だろうが嫌な付き合いは真正面から拒否れるような大人になるつもりだし、そうなれるまで成人式はお預けでいい。