池袋で87歳男性(元通産省工業技術院院長)の乗る車が暴走し、母子が犠牲になった事件がありました。
その事件の続報を受け、無駄に憤りを感じている人が散見されたので、解決策を書いていきます。
まず、なぜ無駄かというと、誤解だからです。
情報を正しく読解できないと、無駄に感情を揺さぶられて疲れます。
ストレスになります。
そうならないための解決策です。
では早速、問題となった続報の見出しがこちらです。
元院長「足のふらつき影響ない」 新車購入を検討、池袋の暴走事故
ソース:Yahoo!ニュース – 共同通信 – 2019年5月25日(土)閲覧。 ※2019年7月2日(火)リンク切れ確認。
さて、みなさんはどう理解しましたか?
常識的に考えて
まず、『元院長「足のふらつき影響ない」 新車購入を検討、池袋の暴走事故』という文章だけを読むなら、大きく分けて二通りの解釈ができます。
- 元院長は、事故で車が壊れたので、新車の購入を検討した
- 元院長は、事故前から新車の購入を検討していた
ツイッターでは一番の解釈で怒りを露わにする人が大勢いました。
はい。こんな感じです。
なお当ブログのサイトポリシーとして、批判的な記事は掲載しますが、一般の(情報やコンテンツ発信の意思が弱い)特定個人に対しては攻撃することを控えたいので、ツイート等を直接引用(埋め込み)することはしません(特に埋め込み機能について、アイコンやアカウント名が更新されて暴力的になったり、卑猥になったりした際に対応できない、アカウントが削除されたり鍵アカになったりした際なども表示が乱れる、そもそも埋め込み機能自体に正しく表示されない不具合を確認済み、などの理由で著名人や自分のツイートでも埋め込みは控える方針です)。
よって上記の「こんな感じ」も、特定個人のツイートではなく、私がツイッターで見た発言を切り貼りして作成したものです。
閑話休題。
常識的に考えて、どっちの可能性が高いかはわかりますよね?
常識的に考えるなら、二人の命を奪い、二桁の重軽傷者をだした事故の加害者が、新車の購入を検討するなんてことは考えられないと思います。
自分が同じ立場に立ったとき、新車の購入を検討するかどうか?
いうまでもありません。
「新車購入」に憤りを感じている人も、その「常識的に考えて、考えられない事態」に不条理や理不尽を感じているようでした。
ということは、「非常識だ」というところまでは認識に成功しているんですよね。
問題はそこから先です。
「非常識」に直面したときに、
- 非常識だ! 許せん!
- 非常識だ……こんなことありえる?
……そう、疑うかどうかなんです。
もちろん、この世界は非常識なこと、常識的に考えてありえないことがありえる世界です。
「常識を疑え」なんて名言っぽいセリフもよく耳にします。
だからこそ、常識や非常識に囚われず、違和感があれば疑うことが先決だと思います。
本案件の場合、疑うことができれば、
と行動できますよね?
記事全文をチェックすれば、情報量が増えます。
情報量が増えれば、読解の確度も向上します。
記事全文を読んでもまだわからない場合は、ほかの記事も読んでみる、ほかの人の意見も参考にしてみる、そうやって情報を取得すればするほど、より正確な読解が可能になります。
本案件でも、同ニュースを扱った別の報道記事では、事故前に新車の購入を検討していた、と明記してありました(リンクは貼りません。疑うのであれば、ご自身で調べてみてください)。
その答えにたどり着くための第一段階、「疑うこと」ができない人間は、判断を誤り続けます。
判断力のない人間が、誤った判断に基づいて、判断力がないせいで事故の加害者になった人間を攻撃する――。
そんな光景を目撃すると、私は、
と疑わざるをえません。
信じたいものでも疑うこと
ここでひとつ格言をご紹介します。
問題の見出し、『元院長「足のふらつき影響ない」 新車購入を検討、池袋の暴走事故』に関していえば、おそらく記者が意図的に、大衆の「信じたいもの」を提供しています。
という、大衆の「信じたいもの」を見せて、誤読を誘っています。
そうでなければ、プロの書き手としてレベルが低すぎます。
バカにされているんですよ、だから。
わかりやすい情報にだけ飛びつく、信じたいものだけを信じる、バカを狙い撃ちにした記事です。
日頃からマスコミのことを「マスゴミ」と蔑み、
と主張しているのに、いざその「マスゴミ」が自分の見たい情報を発信した途端、疑いもせずにころっと信じてしまう。
そういう人、いますよね。
感情をコントロールされると、疲れませんか?
ストレスを自覚しない人が大勢いて、そういう人たちがマスコミの「顧客」である限り、マスコミは顧客に向けて低レベルな記事を量産して、時には「マスゴミ」などと誹られても全然平気な顔をして、態度を改める必要もありません。
だって愚かな大衆を手のひらで転がしているのは、マスコミのほうですからね。
マスコミからすれば、現状維持でなにも不都合はないので、なにも改める必要はありません。
そしてこの手の問題は、マスコミに限った話ではありません。
書き手と受け手、配信者と視聴者、発信する側と受信する側、そうした関係性すべてに当てはまります。
ツイッターもそうですし、ユーチューブもそうですし、ブログもそうです。
という表現上の現実がそうさせています。
個人でも、「虚言癖の名人」みたいな有名人、どこにでもいますよね。
わかりやすく感情に訴えられれば嘘でもいい、そういう人たちです。
彼らを変えられると思いますか?
発信する側が変わらない以上、無駄に踊らされてストレスを溜めないためには、自衛するしかありません。
まとめ
読解力を養い、ストレスを溜めないためには、
- 認知バイアスについて調べる
- 違和感=疑問を放置しない
- 真実に向かって行動する
- 作者の気持ちを考える
- ありとあらゆる前提と可能性を疑う
以上を徹底した上で、情報を精査し、判断を下すように心がけてみてください。
私としては、ブレーキとアクセルを踏み間違えたまま、他人にハンドルを握られたまま生きる人が、ひとりでも減ることを願うばかりです。
なお本記事の続編はこちらです↓
【デマ拡散】他人の発言を切り取るべきではない理由
以上。
THIS IS THE ANSWER.