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【映画感想】『ハンナ・アーレント』に学ぶ哲学者の姿勢!

ハンナ・アーレント(原題:『Hannah Arendt』、2012年のドイツ・ルクセンブルク・フランスの合作映画、日本語字幕版)を観ました。


ハンナ・アーレント安田尊@『ハンナ・アーレント』を謳うブログ。
ドイツ系ユダヤ人の女性哲学者、ハンナ・アーレントが晩年に巻き起こした「アイヒマン論争」を描く、実話ベースのドラマ作品

です。

本作品に基づけば、アーレントの哲学者としての姿勢は、以下の一言に集約されています。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
他の誰を愛そうと あなたの自由だもの

  • 世間の評判
  • 周りの空気
  • 全体主義……

みたいなものに流されるな、といっています。

日本人的にいえば、「和を乱すな」的な同調圧力には屈しない姿勢。


ハンナ・アーレント安田尊@ハンナ・アーレントを謳うブログ。
アーレントは、ユダヤ人の和を乱しまくった哲学者

でした。

というわけで本記事では、映画『ハンナ・アーレント』に学ぶ、


考える人安田尊@『考える人』を謳うブログ。
哲学者の姿勢

を考えます。

では以下目次です。

本記事は、映画『ハンナ・アーレント』の詳細なネタバレを含みます。また、映画の感想であり、現実に起きた事件の感想ではありません。ご注意ください。

映画『ハンナ・アーレント』の簡単なあらすじと要約


~映画『ハンナ・アーレント』のあらすじ要約~

ハンナ・アーレント安田尊@『ハンナ・アーレント』を謳うブログ。
ドイツ系ユダヤ人の女性哲学者、ハンナ・アーレントが晩年に巻き起こした「アイヒマン論争」を描く、実話ベースのドラマ作品

本作の主人公は、1960年以降のハンナ・アーレント(53歳以降)、アメリカ・ニューヨーク州在住の大学教授。

アーレントは、ドイツが誇る世界的哲学者、ハイデガーの愛弟子です(そして愛人でもありました)。

アーレント自身も、名著『全体主義の起源』が評価され、世界にその名を轟かせる政治哲学者です。

そんな晩年に差しかかったアーレントは、親友の女性作家、メアリーに抗議を受けます。


メアリー親友メアリーのイメージ
夫の肩を持つの?
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
肩なんて持ってない
でも ご主人とは私も友達なのよ
絶交はできないわ
メアリー親友メアリーのイメージ
夫とは別れるわ
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
分かってる
他の誰を愛そうと あなたの自由だもの

アーレントは、親友の離婚沙汰について愚痴られますが、客観的な感想を述べて笑い飛ばしながら中立を保ちます。

その頃アルゼンチンでは、元ナチス・ドイツのSS(親衛隊将校)、アドルフ・アイヒマンが捕らえられ、


The New York TimesThe New York Timesのイメージ
イスラエルの諜報部(モサド) ナチの大物を逮捕

などと、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙や、テレビのニュースなどでも報じられます。

アイヒマンは、ナチスの「ホロコースト」(ユダヤ人大量虐殺、約600万人)における中心的人物で、ユダヤ人のアウシュヴィッツ強制収容所への移送を指揮したとされます。


ハンナ・アーレント安田尊@ハンナ・アーレントを謳うブログ。
アーレント自身、抑留キャンプからの脱走に成功していなければ、ガス室送りになっていた可能性が高いです。

アイヒマンの裁判は、イスラエルで開かれます。

アーレントは、ザ・ニューヨーカー誌に連絡します。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
“裁判の傍聴を希望します”

ザ・ニューヨーカー誌は、当事者であり高名なアーレントを記者にできると、喜んで受け入れます。

アーレントの友人らも、期待を寄せました。

特に、


ハンス・ヨナス安田尊@同僚ハンス・ヨナスを謳うブログ。
ハンス・ヨナス……ドイツ系ユダヤ人男性、ハイデガーの弟子、アーレントとは大学院生時代から同じ同僚(恋心もあり?)
クルト安田尊@同胞クルトを謳うブログ。
クルト……イスラエル在住のユダヤ人男性、著名なシオニスト(ユダヤ民族主義者)、アーレントにも影響力を発揮した同胞。

などなど。

そしてアーレントは、アイヒマン裁判を傍聴した感想を、現地の同胞クルトたちに語ります。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
平凡な人よ

  • 命令だから、
  • 任務だから、
  • 仕事だから……

アイヒマンは、思考停止で従っただけの、反ユダヤですらない凡人。

「ユダヤ人への憎悪」的なものは、あるとすればアイヒマンの外側にあり、内側にはない。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
想像を絶する残虐行為と――彼の平凡さは同列に語れないの

アーレントの見解は、同胞のクルトたちから反発を受け、激しい議論になる気配が漂います。

しかし、アーレントとクルトは、


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
論争が終わると…
クルト同胞クルトのイメージ
仲直りするんだ

と、一応は笑い合います。

その後、アーレントがニューヨークに帰宅すると、若い女性秘書シャルロットが自発的に裁判資料500枚以上を整理し始めて、


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
あなたがいてよかった
自分の娘でも こうはいかない
シャルロット女性秘書シャルロットのイメージ
父の口癖よ
“家族は神から授かる”
“でも友人は自分で選べる”

その後、アイヒマンの絞首刑(死刑)が決定。

アーレントは、ザ・ニューヨーカー誌への原稿を書き上げます。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
“平凡で 何の意味もない人生から――”
“アイヒマンは 風に吹かれて歴史の中へ”
“旋風を巻き起こした 千年王国と共に邁進”
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
“彼は思考不能だった これは愚鈍とは違う”
“彼が20世紀最悪の犯罪者になったのは”
“思考不能だったからだ”
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
“ユダヤ人居住地には指導者がいた”
“彼らは ほぼ例外なく”
“何らかの形でナチに協力していた”
“確かにユダヤ人指導者は困窮を防いだ”
“一方で その指導者がいなければ死者も――”
“450~600万人まではいかなかっただろう”
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
“ユダヤ人にとって”
“同胞の破滅に指導者が果たした役割は”
“暗黒の物語における――”
“最も暗い一章だ”

ザ・ニューヨーカー誌の編集会議では、「被害者(ユダヤ人)批判だ」との声が上がります。

しかし、アーレントの記述は、「指導者(ユダヤ人)の証言」に基づいています。

また、「事実しか書かない人だ」との評価もあり、連載と書籍化が決定します。

が、アーレントの原稿が掲載されるや否や、


アイヒマン論争安田尊@「アイヒマン論争」を謳うブログ。
「アーレントによるアイヒマン擁護」と見なされ、世間から大バッシングを受けます。

  • 「1ページにつき苦情が100件」
  • 「ハンナ・アイヒマン」
  • 「地獄へ堕ちろ ナチのクソ女」

などと、電話でも新聞でも手紙でも、誹謗中傷を受けまくります。

同胞のクルトからも、拒絶されます。


クルト同胞クルトのイメージ
イスラエルへの愛は?
同胞に愛はないのか?
もう君とは笑えない
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
1つの民族を愛したことはないわ
ユダヤ人を愛せと?
私が愛すのは友人
それが唯一の愛情よ
クルト 愛してるわ

アーレントの反論も虚しく、クルトはアーレントに背を向けます。

さらに、アーレントは勤め先の大学側からも呼び出され、人事委員会の全員一致で辞職勧告を言い渡されます。

が、アーレントは拒否します。


大学人事委員大学人事委員のイメージ
先生では学生も集まりませんよ
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
先生方は学生と交流がないようですが
私の講義は満員です
学生たちの支持を受けて――私も公に話すことを決めました
ヒステリックな反応についてね

アーレントは、人事委員会を一瞬で論破すると、講義に向かいます。

そして満員の講義で、学生たちに語ります。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
雑誌社に派遣されて
アイヒマン裁判を報告しました
私は考えました
法廷の関心は たった1つだと
正義を守ることです
難しい任務でした
アイヒマンを裁く法廷が直面したのは
法典にない罪です
そして それは――
ニュルンベルク裁判以前は前例もない
それでも法廷は彼を――
裁かれるべき人として 裁かねばなりません
しかし裁く仕組みも――
判例も主義もなく 
“反ユダヤ”という概念すらない
人間が1人いるだけでした
彼のようなナチの犯罪者は
人間というものを否定したのです
そこには罰するという選択肢も
許す選択肢もない
彼は検察に反論しました
何度も繰り返しね
“自発的に行ったことは何もない”
“善悪を問わず自分の意思は介在しない”
“命令に従っただけなのだ”と
こうした――
典型的なナチの弁解で分かります
世界最大の悪は ごく平凡な人間が行う悪です
そんな人には動機もなく
信念も邪心も悪魔的な意図もない
人間であることを拒絶した者なのです
そして この現象を
私は「悪の凡庸さ」と名づけました
大学人事委員大学人事委員のイメージ
先生
先生は主張していますね
“ユダヤ人指導者の協力で死者が増えた”
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
それは裁判で発覚した問題です
ユダヤ人指導者は アイヒマンの仕事に関与してました
大学人事委員大学人事委員のイメージ
それはユダヤ人非難ですよ
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
非難など一度もしてません
彼らは非力でした
でも たぶん――
抵抗と協力の中間に位置する何かは…あったはず
この点に関してのみ言います
違う振る舞いができた指導者もいたのではと
そして――この問いを投げかけることが大事なんです
ユダヤ人指導者の役割から見えてくるのは
モラルの完全なる崩壊です
ナチが欧州社会にもたらしたものです
ドイツだけでなく ほとんどの国にね
迫害者のモラルだけではなく
被迫害者のモラルも
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
どうぞ
学生学生のイメージ
迫害されたのはユダヤ人ですが
アイヒマンの行為は”人類への犯罪”だと?
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
ユダヤ人が人間だからです
ナチは彼らを否定しました
つまり彼らへの犯罪は人類への犯罪なのです
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
私はユダヤ人です ご存じね
私は攻撃されました
ナチの擁護者で 同胞を軽蔑してるってね
何の論拠もありません
これは誹謗中傷です
アイヒマンの擁護などしてません
私は彼の平凡さと――残虐行為を結びつけて考えましたが
理解を試みるのと 許しは別です
この裁判について文章を書く者には
理解する責任があるのです!
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
ソクラテスやプラトン以来 私たちは
“思考”をこう考えます
自分自身との静かな対話だと
人間であることを拒否したアイヒマンは
人間の大切な質を放棄しました
それは思考する能力です
その結果 モラルまで判断不能となりました
思考ができなくなると
平凡な人間が残虐行為に走るのです
過去に例がないほど 大規模な悪事をね
私は実際――この問題を哲学的に考えました
“思考の風”が もたらすのは
知識ではありません
善悪を区別する能力であり
美醜を見分ける力です
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
私が望むのは
考えることで 人間が強くなることです
危機的状況にあっても 考え抜くことで――
破滅に至らぬよう
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
ありがとう

アーレントは、学生たちからの満場の拍手でスピーチを終えます。

しかし、スピーチを聴いていた同僚で友人のハンス・ヨナスは、


ハンス・ヨナス同僚ハンス・ヨナスのイメージ
君の親友アイヒマンだ

などと誹謗中傷をして、アーレントに別れを告げます。

帰宅後、アーレントは夫のハインリヒと話します。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
みんな”過ちを認めろ”と迫るけど
何が過ちか言えないのよ
ハインリヒ夫ハインリヒのイメージ
こうなると分かってても 書いたか?
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
ええ 記事は書いたわ
でも友達は選ぶべきだった
ハインリヒ夫ハインリヒのイメージ
クルトは友達だったろ
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
クルトは家族よ

アーレントは記事の執筆を続け、疲れてベッドに仰向けになると、タバコの煙を深く吸い込んで吐き出します。

テーマ「友達と家族」「全体主義者」「悪の凡庸さ」


ハンナ・アーレント安田尊@『ハンナ・アーレント』を謳うブログ。
以上が、映画『ハンナ・アーレント』のあらすじですが、本作のテーマは3つあります。

  1. 「友達と家族」
  2. 「全体主義者」
  3. 「悪の凡庸さ」

そして、象徴的なセリフは、アーレントが親友のメアリーから離婚話を聞かされて発した、


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
他の誰を愛そうと あなたの自由だもの

このセリフは、「個人の自由」を肯定しています。

上記で挙げた3つのテーマのうち、


メアリー安田尊@親友メアリーを謳うブログ。
「友達」だけが、個人の自由や意思を尊重し、意見の対立を容認する存在です。

  1. 家族……「家族単位」に縛られるため、個人の自由はない
  2. 全体主義……「全体」に縛られるため、個人の自由はない
  3. 悪の凡庸さ……「思考停止」中のため、個人の意思はない

ちなみに例外として、アーレントの夫ハインリヒなどは、「良き夫であり友人」かもしれません。

しかし、友人や夫以外は基本的に、「全体主義」に毒されています。

そこで、アーレントの親友メアリーが、


メアリー親友メアリーのイメージ
夫とは別れるわ
全体主義をぶっ壊す!安田尊@全体主義をぶっ壊す!を謳うブログ。
といって、「家族の破壊」を示唆するシーンは、とても重要です。

正直、初見だと、なんでいきなりこんな犬も食わない離婚話の愚痴を観せられているんだ……と、すごく退屈でしたが、見返してみれば納得です。

このシーンは、個人主義による、


アンチ全体主義安田尊@アンチ全体主義を謳うブログ。
全体主義(家族主義)への宣戦布告

だったから、序盤に差し込む必要があったのです。

その証拠に、中盤のシーンでも、


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
あなたがいてよかった
自分の娘でも こうはいかない
シャルロット女性秘書シャルロットのイメージ
父の口癖よ
“家族は神から授かる”
“でも友人は自分で選べる”

と、「家族」……特に親子関係(血の繋がり)は不自由だ、とディスっています。

そして、終盤のシーン。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
でも友達は選ぶべきだった
ハインリヒ夫ハインリヒのイメージ
クルトは友達だったろ
ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
クルトは家族よ

クルトは、アーレントの同胞ではありますが、血の繋がった家族ではありません。

では、「クルトは家族」とは、どういう意味なのか?


ハンナ・アーレント安田尊@ハンナ・アーレントを謳うブログ。
クルトは、アーレントの主張を「ユダヤ人の血」という「全体主義(民族主義)」で弾圧する、「家族」だった

クルト同胞クルトのイメージ
イスラエルへの愛は?
同胞に愛はないのか?
もう君とは笑えない

↑こんなふうに、全体主義的な言論弾圧を仕掛けてくるクズは、もう「友達」ではないわけです。

クルト自身、「友達」なら、持論を戦わせて終わったあとは仲直りできるといっていました。

「友達」なら、親が子を服従させるみたいに、「愛」を振りかざして降伏を迫ってくるような真似はしないでしょう。

でも現実は、アーレントが嘆いているように、


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
みんな”過ちを認めろ”と迫るけど
何が過ちか言えないのよ

「何が過ちか言えない」、バカがこぞって、全体主義的な同調圧力をかけてくる。

そして、反論に値する批判がひとつもないのに、持論の撤回を迫られる。

たとえば、作中で明らかにされている抗議のお手紙は、こんな具合です↓


アーレント批判アーレント批判のイメージ
“写真のあんたは北極の氷のように冷たく”
“唇には侮蔑が漂い 目は残酷だ”
“この写真のページが”
“雑誌全体を汚した”
“素手では汚れるから手袋をはめて”
“そのページを破り取ったが”
“燃やす価値もないからゴミ箱へ”
“私には憎悪などなく 復讐も好まない”
“だが分かる”
“あんたが冒涜した600万人の魂が昼夜――”
“群がるだろう”
“覚悟しとけ”

キモすぎでしょ?

この手紙、秘書のシャルロットが涙目になって読み上げるんですが、私はキモすぎて笑いました。

“私には憎悪などなく 復讐も好まない”のところで吹きました。

こんなヘイトまみれの気持ち悪いポエムを送りつけておいて、


アーレント批判アーレント批判のイメージ
“私には憎悪などなく”……
Question安田尊@Questionを謳うブログ。
どの口がいうとんねん。

しかも中身ゼロで、最後には”魂”の威を借りて、”覚悟しとけ”。

レスバトルでこんなのが返ってきたら、爆笑モノです。

「憎悪などなく」といえば「憎悪」が消えるわけじゃないし、「魂」といえば「魂」が出てくるわけでもありません。


ハンナ・アーレント安田尊@ハンナ・アーレントを謳うブログ。
でも偉大な哲学者は、意外とレスバトルには弱いみたいで、アーレントはかなりショックを受けました。
メアリー安田尊@親友メアリーを謳うブログ。
アーレントには、親友のメアリーや、シャルロットが寄り添います。

メアリーといえば、アーレントにも失礼なことや反対意見でもガンガンいえる仲ですが、一貫してアーレントの味方でした。

たとえば、アーレントの記事を「読みもせず批判」しているバカと居合わせたときも、


無能安田尊@無能を謳うブログ。
とても読めないわ
メアリー親友メアリーのイメージ
あんたには高級すぎる

と、キレッキレの切り返しを見せていました(しかも、アーレントがいない場で)。

これが「友達」ですよね。

個人では、批評どころか消費活動すらままならない無能な全体主義者との対比で、


友達安田尊@「友達」を謳うブログ。
「友達」の尊さが光り輝いている!!

アーレントは、この物語でたくさんの「友達」を失います。

でも、メアリーやシャルロットといった、「選ぶべき友達」の厳選には成功しました。

そして失った「友達」は、しかし「論敵」にはならない、取るに足らない存在に成り下がっただけです。


ハンナ・アーレント安田尊@ハンナ・アーレントを謳うブログ。
つまり、アーレントの敵は、非論理的な「空気」や「同調圧力」だけでした

哲学者の姿勢とは?考えることで人間が強くなること


ハンナ・アーレント安田尊@ハンナ・アーレントを謳うブログ。
しかしハンナ・アーレントは、「空気」を読まずに「圧力」には屈さずに、己の主張を曲げませんでした
考える人安田尊@『考える人』を謳うブログ。
これが哲学者の姿勢です

Question安田尊@Questionを謳うブログ。
ではなぜ哲学者の姿勢は、崩れないのでしょうか?
Answer安田尊@Answerを謳うブログ。
だって間違ってないもん。

アーレントは、「証言」や「事実」に基づいて、記事を執筆しています。

つまり、その「証言」や「事実」から崩さない限り、アーレントの主張も崩すことはできません。


考える人安田尊@『考える人』を謳うブログ。
「愛」とか「魂」では、「証言」や「事実」には勝てないのです
ハンナ・アーレント安田尊@ハンナ・アーレントを謳うブログ。
それぐらいわかれ。考えたらわかるやろ

という、アーレントの声が聞こえてきそうです。

でも考えればわかるということは、考えなければわからないということです。

だから「世論」の正体が、なんにも考えずに、「周りの反応」とか「流行」とかに流されているバカの集まりなら、


言論統制安田尊@言論統制を謳うブログ。
本当のことでも、(愛や魂のために)言って良いことと悪いことがある……!!
現実逃避安田尊@現実逃避を謳うブログ。
みたいな現実逃避も平気で行われます。

一方で、「哲学」とは、「本当のこと」を追求する学問です。

「本当のこと」だったら、なんだって考えるし、喋ります。


Question安田尊@Questionを謳うブログ。
だって「本当のこと」なら、それについて考えたり喋ったりすることこそが、「良い」ことでしょう?

ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
私は実際――この問題を哲学的に考えました
“思考の風”が もたらすのは
知識ではありません
善悪を区別する能力であり
美醜を見分ける力です

少なくともアーレントは、「本当のこと」をいうことが、「善」だと考えています。

そして、「本当のこと」をいうのは、「美しい」。

だから、自分や自分の仲間たちに不都合な真実でも、それが「本当のこと」なら話すし書きます。


言論統制安田尊@言論統制を謳うブログ。
本当のことでも、言って良いことと悪いことがある……!!

Question安田尊@Questionを謳うブログ。
では、「言って良いこと」と、「悪いこと」の判断基準は?
Question安田尊@Questionを謳うブログ。
たとえば、「本当のことでも、人を傷つける言葉は悪い」?
Question安田尊@Questionを謳うブログ。
「日本は敗戦国」でも傷つく人はいるけど、歴史修正する?

 偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られた世の中を、私は経験してきた。もっとも、こんなことはかならずしも日本に限られたことではなかったし、また現代にのみ生じた現象ともいえない。それは古今東西の歴史書をひもとけばすぐわかることである。さればといって、それは過去のことだと安心してはおれない。つまり、そのような先例は、将来も同様な事象が起こり得るということを示唆しているとも受けとれるからである。いな、いな、もうすでに、現実の問題として現われ始めているのではないか。

ソース:『日本のあけぼの ―建国と紀元をめぐって』 – 編:三笠宮崇仁親王、光文社(1959年)

「本当のこと」から逃げていると、歴史修正主義者のようなバカになるだけです。

そして、「歴史修正」の指摘も、


歴史修正主義者安田尊@歴史修正主義者を謳うブログ。
本当のことでも、言って良いことと悪いことがある……!!

といって、封じようとするのでしょう。

しかし、そうした歴史修正もレッテル貼りも、アーレントの姿勢を崩すことには失敗しました。


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
アーレントは、アイヒマン(加害者)を擁護していません。
正論安田尊@正論を謳うブログ。
ただ、「アイヒマンは思考を放棄した組織人にすぎない」という、「本当のこと」を述べただけです。

ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
アーレントは、ユダヤ人(被害者)を非難していません。
正論安田尊@正論を謳うブログ。
ただ、「ユダヤ人指導者もホロコーストに加担していた」という、「本当のこと」を述べただけです。

ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
アーレントは、「だからアイヒマンを許せ」とも、「だからユダヤ人指導者を裁け」ともいっていません。
正論安田尊@正論を謳うブログ。
反論があるなら、「本当のこと」で返せば良い。

  • 「愛」
  • 「魂」
  • 「和」
  • 「全体」
  • 「空気」
  • 「同調圧力」

↑こんな貧弱な虚仮威しにビビって引っ込めるほど、「本当のこと」は弱くありません。

そして、「本当のこと」を明らかにする「思考」も、弱くありません。

だからアーレントは、「考えることで 人間が強くなること」を望んだんだし、


ハンナ・アーレントハンナ・アーレントのイメージ
「思考の専門家」として、自ら「強い人間」のお手本を示しました。

  1. 「本当のこと」を考える思考力
  2. 「本当のこと」を認める理解力
  3. 「本当のこと」を伝える発信力

この第3段階までがアーレントの哲学であり、まずは①「考える」ことで、アーレントのように強くなれるのです。

まとめ:凡人こそ思考と行動と努力を続けるべき理由


まとめ安田尊@「まとめます」を謳うブログ。
それではおさらいも兼ねて、ここまでの要点を3点でまとめます。

  1. 映画『ハンナ・アーレント』は、実在した女性哲学者にして、ドイツ系ユダヤ人の物語
  2. アーレントとアイヒマン裁判で、「友達と家族」「全体主義者」「悪の凡庸さ」を描く
  3. アーレントの哲学的姿勢は、「考えること」と「本当のこと」で支えているから、強い

以上です。

以下総評!

ヘビースモーカーと弱者男性
スタンディングオベーション安田尊@スタンディングオベーションを謳うブログ。

評価: 5.0映画『ハンナ・アーレント』は、正論で大衆を叩きのめしてしまったエリートの物語です

アーレントは、大衆と交流がなかったのでしょう。
世界は愚民で満員です。
アーレントの大学での講義のように、正論を受け入れられる聡明な人間で満員ではありません。
したがって必然的に、アーレントは、正論を受け入れられない愚かな大衆に大バッシングを受けます。
そのストレスを表現しているのか、アーレントは、ほとんど常にタバコを吸っています。
もはや、人と喋っている時間より、タバコを吸っている時間のほうが長いレベルで喫煙しています。
人と会ってもひとりになっても、椅子に座ってもベッドに横たわっても、隙あらばタバコを吸います。
物語のクライマックスを飾る名スピーチの前ですら、タバコを吸いました。
そう、じつはあの名スピーチの第一声は、こうです。
アーレント「今日だけ早々に吸うけれど 許してね」
「今日だけ」というのは、いつもは講義が終わったら吸っているからです。
タバコしか吸わん。
アーレント、タバコを吸いながら初登場するし、タバコを吸いながらエンドロールに突入する。
もはやこれは、一生タバコを吸っているという暗示では?
私は本記事の解説で、アーレントの強さを支えているのは、
・「考えること」
・「本当のこと」
だと述べました。
でも、間違っているかもしれません。
偉大な哲学者を支えたのは、思考ではないかもしれません。
タバコかもしれません。
タバコが人間を強くする!!
本作品には、アーレントのほかに、もうひとり偉大な哲学者が登場します。
アーレントの師匠にして、世界最高峰の哲学者、ハイデガーです。
ハイデガーの哲学者としての功績や評価は、アーレントより数段上と見て間違いない天才です。
そのハイデガーは、本作中ではタバコを吸っていません。
なんだ、やっぱり哲学者を支えているのは、思考か……。
と思ったら大間違いです。
このハイデガーは、本作中では、なんかめちゃくちゃ俗物っぽく描かれています。
・ナチスに加担する
・教え子のアーレントに手を出す
・まだ学生のアーレントと逢い引きをしたり、股間に顔をうずめたりして甘える
・お互い晩年に再会したとき、クサい口説き文句や詩を引用したりして、よりを戻そうとする
・いろいろ弁明しながら、「私は無自覚で夢見がちな子供だった」とかいって、また甘えだす
なにしてんだ、このおっさん……という感想しかない。
このおっさん、『存在と時間』書いてなかったら、ただのキモい弱者男性だろ……。
というか、これで『存在と時間』を書いているから、キモさが深まる説まである。
みなさん、これがタバコに甘えられなかった哲学者の末路です(タバコの代わりに、教え子に甘える……!!)。
……というのはもちろん、冗談ですが。
私は、史実のアーレントが、ヘビースモーカーだったのかは知りません。
史実のハイデガーが、キモい弱者男性だったのかも知りません。
しかし、本作に則って考えれば、彼らも人間だったということでしょう。
どれだけ偉大な思考をする人間でも、私たちと同じ人間です。
嗜好品に依存するし、不倫もするし、くだらない誹謗中傷で傷つく人間です。
それなら、私たち凡人も、彼ら偉大な哲学者に近づくことはできるはずです。
思考し、行動し、努力を続ければ。
そうして、私たちは、凡人の立場に甘んじてはいけません。
なぜなら、「悪の凡庸さ」……凡人こそが、この世で最悪の罪を犯すとアーレントが証明したからです

以上、映画『ハンナ・アーレント』に学ぶ「人間」の姿勢でした!

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