人間は忘れる生き物だという事実を忘れてはいけない。
~「ありがとう」が言えない人の特徴~
~「ごめんなさい」が言えない人の特徴~
~まとめ~
↑みたいな言説はよく見かけますが、マジでしょうか?
まあ一理はあるとは思いますが、人間の心理面や教育面や文化面だけですべてが説明されるとは思えません。
つまりもっと根源的な人間の能力、記憶力の部分で、
人間は忘れる生き物です。
その当たり前の事実さえ忘れる人間がいるなら、感謝や謝罪の言葉を忘れる人間がいても不思議ではありません。
では以下目次です。
人間は忘れる生き物!漢字や英語も忘れる
~人間は忘れる生き物である~
私の場合、定番の漢字があって……ちょっと待ってくださいね、忘れているので思いだします。
(難読漢字についてググったりAIに質問したりして約30分経過……)
まあ忘れているので思いだせないんですが(絶望)、
私は「涵養」については読めるし、意味も覚えています(文脈と「養」の字のヒントから、「養う、育てる的な意味だな」と理解できれば十分です)。
が、「涵養」とかを使いがちな学者先生が好んで使う語彙で、「涵養」ほどは登場頻度もヒントもないクソみたいな熟語があります。
ただ人生で見かけたことは1度や2度じゃないし、調べたことは2度3度あるのに、忘れている。
- 小学校
- 中学校
- 高校
- 大学
現代の日本人は、①②「義務教育」を通じて半強制的に英語学習を叩き込まれます。
大半の日本人は、③④「高等学校」「高等教育」においても英語学習を続けます。
つまり、①②③④「成長期からの最も学習に適した時間を約10年間」、英語学習に捧げた結果、
もう全然英語とか話せないし聞き取れないし、ハリウッド映画とか海外ドラマを見るときは日本語字幕とか日本語吹替が必須になる。
なんなの?
あれだけ嫌々、必死に英語学習に打ち込んでいた時間、なんだったの?
使用しない言葉は覚え直せないから忘れる
~人間が忘れる理由~
私たちは忘れる生き物であり、ありとあらゆる記憶を忘却の彼方へと抹消します。
が、忘れる条件には時間経過があります。
言い換えれば、記憶にはタイムリミットがあり、忘れるまでの時間は記憶を保持できます。
~社会人1年生~
~社会人10年生~
~社会人20年生~
まず日本人が英語を忘れてしまう理由は、日本社会が日本語を公用語としており、英語を使用する頻度が少ないからです。
だから日本人であっても、プライベートや仕事で日常的に英会話を行なっていれば、英語を忘れることはありません。
そして日常的な英会話で行われているのは、常に英語を覚え直す作業、記憶のタイムリミットの延長であり、
だから英語を忘れたという人間でも、Everyday reading, writing, listening, and speakingしていて、覚えるスピードが忘れるスピードに勝っている単語に限れば覚えていることができるし……。
同じ単語でも、読む・書く・聞く・話すのうち、常に覚え直していない能力については忘れていきます。
漢字の読み書きを覚えたという人間でも、パソコンやスマホに頼って手書きを覚え直していなければ、いつの間にか「読めるけど書けない漢字」が増えていくし、
私が「涵養」とかを使いがちな学者先生が好んで使う語彙で、「涵養」ほどは登場頻度もヒントもないクソみたいな熟語を忘れる理由もこれで説明できます。
私が「涵養」は読めても手書きは怪しい理由も、これで説明できます。
自分も他人も使用しない漢字は読み方も書き方も忘れるし、他人が書いていても自分が書かない漢字は書き方を忘れる。
「ありがとう」「ごめんなさい」も忘れる
~照明終了~
さすがに日本社会に生きていて、頻出する「ありがとう」や「ごめんなさい」という言葉自体を記憶喪失することはないでしょう。
しかし、他人が「ありがとう」や「ごめんなさい」を使用しているのを見ても、覚え直せるのはその解釈や受け取り方だけ。
自分で使用しなければ、「ありがとう」や「ごめんなさい」を使うべき場面も、使い方も忘れるし、
そしてこの忘れるという現象は、その人の幼稚さや育ちの悪さとは無関係にありえます。
人間は常に忘れ続ける生き物であり、覚えていられる言葉はごくわずかです。
そうだとすれば、たとえば「ありがとう」も「ごめんなさい」もいえない、傲慢でなんか嫌な感じに見えるエリートや専門家がいたとして、
専門家にとって、専門知識や専門用語を忘れないことは、「ありがとう」や「ごめんなさい」を忘れないことよりも重要です。
「ありがとう」や「ごめんなさい」は欠かさないが、専門知識は欠いてる専門家など存在価値ナシです。
そこで絶対に専門知識や専門用語を守ろうと努力すれば、
もちろん理想をいえば、専門知識も専門用語も感謝の言葉も謝罪の言葉も忘れないことです。
そして「涵養」とかを使いがちな学者先生が好んで使う語彙で、「涵養」ほどは登場頻度もヒントもないクソみたいな熟語も、学校で覚えたreading, writing, listening, and speakingも忘れないことです。
つまり無理なのです。
- 勉強
- 仕事
- 家事
- 育児
- 趣味
エリートや専門家に限らず、①②③④⑤「日々の生活」に追われている人たちにもすべて同じことがいえます。
そして忘れたが最後、いつの間にか「ありがとう」も「ごめんなさい」もいえない残念な人になっているのです。
あの人は、
と、散々言われ放題になるのです。
言われ放題になりたくなければ、「ありがとう」や「ごめんなさい」を忘れるスピードよりも、覚えるスピードを上げなければなりません。
つまり、日常的にどんなに些細なことでも「ありがとう」「ごめんなさい」を進んで使い、
まとめ:太陽とか猫とかに感謝して生きる
- 人間は常に忘れ続ける生き物であり、あれだけ調べ直した漢字や、あれだけ勉強した英語さえもあっさり忘れる
- 覚えている言葉と忘れる言葉の違いは、使用頻度であり、覚えるスピードが忘れるスピードに負けたとき忘れる
- 感謝や謝罪を忘れたくなければ、毎日「ありがとう」「ごめんなさい」を連呼して、覚え直すスピードを上げる
以上です。
さてしかし、当然ながら「ありがとう」「ごめんなさい」を忘れそうな人間のなかには、コミュニケーションに乏しい生活を送っている人も多いでしょう。
「ありがとう」「ごめんなさい」を使いたくても、使う相手というか、そもそも話し相手がいないんだよ!(だから忘れるんだよ!)
毎日地球を照らしてくれてありがとう、毎日心を癒やしてくれてありがとう、爪切らしてねごめんね嫌だよね><。
無駄にプライドが高くて「ここは本当に感謝に値する場面だろうか?」などとキモい悩みを覚えているうちに「ありがとう」を忘れてしまうバカも、さすがに太陽や猫よりは頭が高くないでしょう。
以上、もっとカジュアルに隙あらば使えばいいのに、ここまでお読みいただきありがとうございました!
THIS IS THE CAT, THANK YOU.安田尊@感謝を謳うブログ。こんにちは、前回の記事で、【言葉】「ありがとう」「ごめんなさい」が言えない人になる理由!猫への感謝を呼びかけました。~これまでのあらすじ~[…]