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【サポート】支援の基本を解説!全4種類

お金が足りない人に、お金を貸してあげると支援になります。

ただ、前回の記事(【借金】友達にお金を貸してはいけない理由!)の結論が、


安田尊@友情を謳うブログ
できることなら、友だちがお金に困っていても、お金は貸さず、肩や手を貸し、借金以外の方法で力になれないか、考えたいものですね。

だったように、お金を貸す以外の方法でも、支援はできます。

今回はその支援の種類について、大雑把に四タイプ、ご紹介したいと思います。

直接支援

少し前に「埼玉の医師」というワードがツイッターでトレンド入りしていました。

空港駅で途方に暮れる高校生を見つけた「埼玉の医師」が、高校生に声をかけて事情を訊いたところ、高校生は伯父の葬儀に向かうための航空券代が入った財布を落としてうなだれていて、埼玉の医師はちょっと怪しいな、と思ったけど高校生が悲しすぎる顔をしていたので航空券代六万円を貸してあげて、その話を警察や知人に話したら、おまえ騙されたんだよ、と笑い話にするような反応しか返ってこなくて、自分でもそのお金のことは半ば諦めていたけど、でも半分信じてもいて、そしたらあとになって高校生が自分を探していることがわかって、六万円をちゃんと返してくれることに感動して泣いた、というお話です。

二行にするとこんな感じです。


高校生
お金落とした、飛行機乗れない……
埼玉の医師
じゃあお薬、じゃなかった、お金だしておきますね

美しい……。

これが直接支援です。

直接支援とは、その名のとおり、問題を直接解決します。

助けを求める人にとって、これ以上の支援はありません。

が、


格言
魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ

といった格言もあるように、場合によってはその人のためにならないこともあります。

では次の項目で、「魚の釣り方を教える」、間接支援についてご紹介しましょう。

間接支援


高校生
お魚落とした、ご飯食べられない……
埼玉の漁師
じゃあ釣り方教えてやるから、自分で釣れ……!

優しい……。

これが間接支援です。

間接支援が優しい理由は、お魚そのものよりも、「お魚を釣る方法」という情報のほうが、価値あるものになりえるからです。

お魚を釣る方法さえマスターしておけば、お魚を落としたところで、途方に暮れることはありません。

うなだれている暇があったら、釣り糸を垂らしてお魚を釣ればいいわけです。

お金が足りない人には、借りられる場所を紹介してあげたり、仕事を紹介してあげたり、お金の稼ぎ方を教えてあげることも、立派な支援になります。

ただし、そこに付け込んだ詐欺、いわゆる「情報商材」絡みの詐欺は多いので、自分が詐欺に引っかからないように、また、自分が詐欺師にならないようには、気をつけたいところです。

すでに手遅れな方はご愁傷さま。同情します。

同情支援

さて、


家なき子
同情するなら金をくれ!

というセリフはあまりにも有名ですが、しかし、同情も支援のうちに入ります。

困窮しているときは、自分を責めがちです。


自責の念
どうして自分は財布を落としてしまったんだ、もっと気をつけていればこんなことには、ああ本当にどうするんだこれから、いまから魚を釣って売ればお金になるかもしれないけど、自分は魚の釣り方さえ知らないどうしようもないマヌケでクズだ、もう世界の終わりだ……

と、思い詰めてしまいますよね。

けどそこで、


通りすがりの人
やあ! どうしたいんだい、そんなに悲しい顔をして。なになに、財布を落とした? 魚の釣り方も知らない? なるほどそんなことか、いや失敬、そんなことではないよな。大変だよな。しかし僕も以前、財布を落としてしまったことがあってね、あのときは本当に世界が終わったと思ったよ。でもね、世界は終わらない! 僕が生き証人だ。だから大丈夫、君もなんとかなるさ!
通りすがりの人
さあ一緒に上を向こう、太陽はなんだって受け止めてくれるさ!

と、同情して励ましてくれる人がいれば、不安は和らぎます。

不安が和らげば、顔を上げて、前を向いて歩けるようにもなります。

であれば、同情も支援です。

お金がもらえなくてもお魚の釣り方を教えてもらえなくても、失敗したのは自分だけじゃない、ツラいのは自分だけじゃない、そう思わせてくれるだけで、気持ちが楽になって勇気が湧いてきませんか?

楽にもならないし、勇気も湧いてこない人の救い方は、次の項目です。

信仰支援


聖書っぽいセリフ
信じる者は救われる

信仰というとやや大袈裟ですが、すなわち宗教に入信せよ、という話ではありません。

希望や後ろ盾が支援になるという話です。

ですから信じる対象は、神でもいい、アイドルでもいい、自分の家族や友人、通りすがりの人でもかまいません。

それが神頼みであれなんであれ、財布を紛失したときに、


通りすがりの人
あれ? どうしたの(中略)、ああそうなんだ。じゃあこれ、私の連絡先。どうしてもどうにもならなくなったら、ここに連絡して。でもその前に、まずは自分で頑張ってね

と、セーフティネットになってくれる対象がいたら、心強いはずです。

この時点ではまだ直接支援も間接支援も同情支援も得られていませんが、その望みがあれば、絶望は絶望ではなくなります。

そして自力でダメでもなんとかなる、と開き直れるからこそ、人は立ち直り、守りを捨てて全力をだせるのです。

国にたとえるなら、各種保険や年金、生活保護といったセーフティネットがあるからこそ、国民は貯金よりも消費にお金を回せます。

国のセーフティネットが信じられなければ、国民は守りに入り、貯金を第一に考えるでしょう。

そうなればジリ貧です。


セーフティネット
そうならないためのセーフティネットです。

ただもちろん、国ならまだしも、都合よく通りすがりの人が希望になってくれることは稀ですし、自分が支援する場合でも、支援したい人の危機に通りすがれるとは限りません。

だからこそ、常日頃から、自分はだれを頼みの綱にしていて、だれの命綱になれているのか、予め意識しておくことが重要なのかもしれません。

まとめ

支援の形にはそれぞれ、

  1. 直接支援
  2. 間接支援
  3. 同情支援
  4. 信仰支援

があります。

お金に困っている人にお金を差しだす、直接支援だけが支援ではありません。

しかし、


家なき子
同情するなら金をくれ!

というセリフもあるように、直接支援以外は支援だと認めない、という人もいるでしょう。

その場合は、相手にそれだけ余裕がなく、追い詰められている、ということを念頭に、しかし責められようがどうしようが、できないものはできないので、間接支援なり同情支援なりを地道に続け、寄り添ってあげるしかありません。

いずれ状況が改善され、相手に余裕が生まれれば、相手もわかってくれるでしょう。

わかってくれなかったとしても、そのことによって支援する側が、罪悪感だったり、負い目を感じたりする必要はないので、安心してください。

支援の基本は、やれることをやる、それだけで十分です。

以上。

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