~ANSWER SONG アンサーソング。 | 答えを謳うブログ。~

【読書で教養】音楽と美術の教養は?本を読むだけでは無理!

読書で教養は身につきますが、一般常識で読み解けない芸術系は無理


読書 安田尊@読書を謳うブログ。
こんにちは、前々回の記事で、
【書評】『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』を1日で読んだ感想!前編
教養人と化した安田尊です。

~これまでのあらすじ~
教養人 安田尊@教養人を謳うブログ。
こんにちは、教養人です。

  1. 歴史
  2. 文学
  3. 視覚芸術
  4. 科学
  5. 音楽
  6. 哲学
  7. 宗教

私が読んだ本『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』では、上記7分野をカバーしていました。

そしてたしかに、読書前と読書後とを比較すれば、教養が身についたといえます。

でも思ったんですけど、


視覚芸術 安田尊@「視覚芸術」を謳うブログ。
視覚芸術」と「音楽」の教養は
音楽 安田尊@「音楽」を謳うブログ。
いうほど身についた感がないです

情報の伝達手段として、文字や文章で「視覚芸術」を観ることはできないし、「音楽」を聴くこともできないからです。

というわけで本記事では、読書で教養が得られるジャンルと得られないジャンルについて解説します。

では以下目次です。

視覚芸術「キュビスム」は読書だけで鑑賞可能か?


~311日目 | 視覚芸術「キュビスム」~

キュビスム 「キュビスム」のイメージ
キュビスムは、20世紀初頭で最も重要な美術運動だろう。人間や物体の形を幾何学的な基本フォルムに還元し、数学的な遠近法を排除した。そうすることで、二次元平面で空間と立体感を捉える見方に異を唱えたのである。

 キュビスムの起源は、ポール・セザンヌの後期の作品にさかのぼる。セザンヌは、自然のフォルムに硬くて角張った輪郭線を与え、複数の視点から同時に見た姿を描いた。1907年、パブロ・ピカソはセザンヌの手法をさらに推し進めて『アヴィニョンの娘たち』を制作した。これは、売春宿にいる四人の娼婦が絵の外にいる男性鑑賞者に声をかけているところを描いた絵だ。女性たちは幾何学的な体をしており、それが背景の鋭角とよくマッチしている。影は作者がつけたいと思った場所につけられ、女性たちは手前にいようと奥にいようと同じ大きさに描かれている。前景を背景といっしょくたにすることで、ピカソは見る者に絵の平面さを意識させているのだ。

 芸術家仲間のジョルジュ・ブラックとともに、ピカソはキュビスムの原理をさらに発展させた。キュビスムという名前の生みの親はアンリ・マティスで、彼は美術批評家ルイ・ヴォーセルに、ブラックが「小さなキューブ(立方体)で」芸術を作ったと話した。それを受けてヴォーセルが、ブラックの作品を「キューブ状の奇妙なもの」(bizarreries cubiques)と呼んだのである。

 キュビスムの第一段階は1908年ころから1912年で、「分析的キュビスム」と呼ばれている。この時期、ピカソとブラックは主にフォルムを分解することに関心を寄せており、そのために遠近法を崩し、影をつけたいところにつけ、ほぼすべての色を除去していた。描かれた画像は抽象的に見えるが、人体や静物など自然にある物とまだ結びつけられていた。この時期を代表するのが、ブラックの『ポルトガル人』(1911年)である。1912年ころから、ブラックは新聞の切り抜きや壁紙の一部をキャンパスに貼りつけ始めた。こうしてキュビスムは第二段階「総合的キュビスム」へと発展し、人工物が絵画に取り入れられた。例えばピカソの『藤張り椅子のある静物』(1911~1912年)では、藤張り椅子の模様を印刷した油布が絵を描く下地に使われ、本物のロープで構図全体が枠取りされている。

 1914年に第一次世界大戦が始まると、キュビスムは事実上終わりを告げたが、伝統的な絵画技法を徹底的に排除する姿勢は、その後に続く現代芸術家たち全員にインスピレーションを与えた。

豆知識↓
  1. 以後のキュビスムには、立体未来派、ピュリスム、オルフィスム、プレシジョニズムなどがある。
  2. アメリカ人芸術家スチュアート・デイヴィスとアーロン・ダグラスはキュビスムの影響を強く受けた。
  3. ブラックとピカソは、キュビスムの時代、同じモチーフを何度も繰り返し描いた。そうしたモチーフのうち特に有名なのは、楽器、ボトル、水差し、コップ、新聞、活字体の文字などだ。

以上が311日目、視覚芸術カテゴリ「キュビスム」ですが……。

このページには、絵画(画像)の引用や掲載が一切ありません。

つまり上記「キュビスム」の説明を読んで、


ピカソの絵 安田尊@ピカソの絵を謳うブログ。
ああ、それならあの有名な『泣く女』とか『ゲルニカ』もキュビスムなのか~
予習 安田尊@予習を謳うブログ。
ってわかる人、予めピカソの絵画を鑑賞したことがある人だけですよね。

  • 『アヴィニョンの娘たち』
  • 『ポルトガル人』
  • 『藤張り椅子のある静物』

↑こんなタイトルや概要だけ文字で説明されても、絵画の姿はちっとも見えてきません。

それは視覚芸術なんだから、視覚的な予備知識がなければ、正確な作品の姿を思い描くのは不可能でしょう。

たとえば『アヴィニョンの娘たち』は、318日目「パブロ・ピカソ」にも登場しますが、両者を比較してみます。


~311日目 | 視覚芸術「キュビスム」項の『アヴィニョンの娘たち』~

キュビスム 「キュビスム」のイメージ
これは、売春宿にいる四人の娼婦が絵の外にいる男性鑑賞者に声をかけているところを描いた絵だ。女性たちは幾何学的な体をしており、それが背景の鋭角とよくマッチしている。影は作者がつけたいと思った場所につけられ、女性たちは手前にいようと奥にいようと同じ大きさに描かれている。前景を背景といっしょくたにすることで、ピカソは見る者に絵の平面さを意識させているのだ。

~318日目 | 視覚芸術「パブロ・ピカソ」項の『アヴィニョンの娘たち』~
パブロ・ピカソ 「パブロ・ピカソ」のイメージ
この作品では、西洋絵画における女性美の基準から離れ、人物像のモデルとして、ポリネシア、イベリア半島、およびアフリカの彫刻を使った。

  1. 「キュビスム」項の説明……売春宿にいる四人の娼婦が男性を誘ってるよ!
  2. 「パブロ・ピカソ」項の説明……娼婦のモデルはアフリカの彫刻とかだよ!

西洋画のようなムチムチに熟れた白人ビッチが男を誘惑している絵を想像していたら、アフリカの彫刻だった……。

文章化された視覚芸術を読むと、こうして後出しで新情報を出されます。

そして嘆き悲しむ紳士が後を絶ちません。


読書の限界 安田尊@読書の限界を謳うブログ。
これが読書の限界です

一目見ればわかることが、クソみたいに劣化して表現されます。

まさに「百聞は一見にしかず」ってやつです。

視覚芸術カテゴリ「ゲルニカ」なら、以下のような劣化具合です。


~325日目 | 視覚芸術『ゲルニカ』~

ゲルニカ 『ゲルニカ』のイメージ
パブロ・ピカソの『ゲルニカ』――現代戦を描いたショッキングで強烈な作品――は、スペイン内戦(1936~1939年)でドイツ軍の爆撃機が小さな町に引き起こした混乱を表現したものである。

 1937年1月、スペイン共和国政府は、当時最も有名なスペイン人画家だったピカソ(1881~1973)に、パリ万国博覧会のスペイン館のため壁画を制作してほしいと依頼した。

 4月26日、ファシスト政権の命を受けたドイツ軍爆撃機が、スペイン北部バスク地方の町ゲルニカを破壊した。じつはこれは、純粋に民間人のみを狙った人類史上初の空爆であった。もともと共和国側を支持していたピカソは、この事件に衝撃を受け、この恐ろしい戦争に国際的な注目を集めたいと願って、空襲をテーマにした巨大な壁画(349×777センチメートル)を制作した。当時ピカソの恋人だったドラ・マールが、制作途中の様子を写真に記録した。

『ゲルニカ』の構図は、中央の三角形と、その両側にあるふたつの長方形で構成されている。三角形の頂点では、負傷した馬の頭部がはっきりと描き出され、何の罪もない犠牲者全員の苦しみを伝えている。その左には雄牛がおり、ピカソによると、これは残忍性と暗黒性を表現しているという。雄牛の下には、死んだ子どもを抱えて嘆く女性がおり、その姿は、十字架にかけられた我が子イエスを抱く聖母マリアというキリスト教的イメージを連想させる。画面の下部には倒れた市民が横たわっており、その手には、戦闘機と戦おうとしたのか、折れた剣が握られている。右側には、もがき苦しむ人物がさらに三人描かれている。この絵は、総合的キュビスムを思わせる様式で描かれている。コラージュは用いられていないが、描かれている人物や動物の中には、新聞紙から切り抜いてキャンパスに貼ったように見えるものもある。

 この作品は、パリ万博で展示されたあと、スカンディナビア諸国を巡回し、その後ロンドンに行った。スペインでファシスト派が勝利を収めると、ピカソは『ゲルニカ』をニューヨーク現代美術館へ送ってほしいと要求した。その上で、スペインがファシズムから解放されたら、この絵をスペインに戻すという条件を付けた。1981年にフランシスコ・フランコ将軍が死ぬと、ようやく『ゲルニカ』はマドリードに戻り、現在は同市にあるソフィア王妃芸術センターで見ることができる。

豆知識↓
  1. 『ゲルニカ』のタペストリーによる複製が、ネルソン・ロックフェラーの依頼で制作され、国連本部に飾られている。
  2. バスク民族主義者は、この絵をゲルニカの西約20キロにあるビルバオ・グッゲンハイム美術館に展示してほしいと求めている。

本書には「Wikipedia以下」という批判もありますが、ページによってはWikipedia以上の解説もあれば、Wikipedia未満の解説もあります。

「ゲルニカ」を説明するページなら、Wikipediaには『ゲルニカ』の絵画が掲載されており、本書には掲載されていません。

ソース:ゲルニカ (絵画) – Wikipedia – 2022年9月23日閲覧。


低評価 安田尊@低評価を謳うブログ。
つまり本書の『ゲルニカ』を説明するページは、Wikipedia未満と評価せざるをえません。

まあこれは、Wikipediaの「ゲルニカ (絵画)」ページの質が高いという話でもありますが。

一方で本書の優位な点を挙げれば、全ページの質が一定以上である点と、1項目あたり1000文字程度でまとまっている点です(Wikipediaの「ゲルニカ (絵画)」なら、分量は本書の約10倍、1万文字以上あります。ちょっとした教養を得る目的には適さない情報量です)。

しかし、視覚芸術カテゴリにおいて、絵画の画像が掲載されていないのは擁護不可能です。

音楽『月に憑かれたピエロ』は文字で再現可能か?


~320日目 | 音楽「シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』」~

月に憑かれたピエロ 『月に憑かれたピエロ』のイメージ
モダニズム作曲家アルノルト・シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』は、20世紀の無調性音楽と前衛音楽への扉を一気に開け放った作品だ。これは、ソプラノ歌手と小編成の室内楽団による、21の小品から成る連作歌曲である。歌詞は、ベルギーの象徴主義詩人アルベール・ジローの詩から取ったもので、感傷的でときには恐怖さえ感じることも多いエピソードを通じて、主人公が暗い夜空で「熱病にかかったように膨れ上がった」月に寄せる恋情や、狂気や斬首など恐ろしげなイメージを叙述している。

『月に憑かれたピエロ』は、1912年にベルリンで初演されると、聴衆からは大きな非難を浴びたが、何人もの批評家から高く評価された。今も多くの批評家たちは、これを表現主義運動の中で最も重要な作品と見なしている。表現主義は、視覚芸術の場合も音楽の場合も、心の内面を深く理解しようとするもので、フロイトの精神分析が人々に認めらえるようになったのと時期を同じくしている。オスカー・ココシュカなど表現主義の画家たちは、心の奥底を探り、フロイトの言う夢幻状態や無意識の欲求に光を当てようとした。

 シェーンベルクの作品も、同じことを目指していた。『ピエロ』は、シュプレヒシュティンメという技法を最初に使った作品のひとつである。シュプレヒシュティンメとは、語りと歌の中間に位置する唱法だ。シェーンベルクは、五線紙にⅩを書き込んで、おおよその音高を示している。『ピエロ』に添付された自筆のメモでは、歌い手に対して、その音を出すのは一瞬だけで、音高を維持せずにすぐ下げるようにと指示している。今まで書かれた中で最も難しい声楽曲のひとつだが、それ以上に、理論面での革新にとって重要な作品である。

『ピエロ』以降、音楽の世界では、旋律や調性は、もはや作曲家の表現意欲を制限するものではなくなったことが明白になった。シェーンベルクの弟子ジョン・ケージなど、以後の作曲家たちは調性音楽の名残を次々と消し去っていくが、それは1912年に『月に憑かれたピエロ』が明確なメッセージを発信したおかげだった。この作品は、西洋音楽の決定的な分岐点だったと言っていいだろう。

豆知識↓
  1. イーゴリ・ストラヴィンスキーは、若いころ『ピエロ』の初演を見ており、のちに、『ピエロ』を見たことで人生が変わったと語っている。
  2. ピエロとは、イタリア演劇の一ジャンル「コメディア・デラルテ」に登場する人物で、コメディア・デラルテでは、不器用で、おどけた道化師として描かれる。『月に憑かれたピエロ』の上演でも、ソリストが道化師の衣装を着ることがある。
  3. シェーンベルクは表現主義の画家でもあり、視覚芸術がモダニズム音楽の作曲法と共通点を持っていることを理解していた。

320日目、音楽カテゴリ「シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』」です。

もちろん、本書には音楽を奏でる機能はないため、


し~ん… 安田尊@し~ん…を謳うブログ。
まったく音楽が聴こえてきません。

それなのに、いきなり文章で「シュプレヒシュティンメ」みたいな100%舌がもつれる歌唱法を説明されても困ります。

調性云々については、306日目、音楽カテゴリ「調性と無調性」で説明されていますが……。


~306日目 | 音楽「調性と無調性」~

調性と無調性 「調性と無調性」のイメージ
17世紀から20世紀初頭の音楽は、どれも基本的に調性音楽というカテゴリーに含まれる。調性音楽とは、ある楽曲で、西洋音楽で使われる12の音(ハ、嬰ハ、ニ、嬰ニ、ホ、ヘ、嬰ヘ、ト、嬰ト、イ、嬰イ、ロ)のひとつを他の11音よりも重視し、その音を基準として使うという考えに基づく音楽のことだ。基準となる特別な音のことを中心音または主音といい、ほとんどの音楽では曲の「中心」となって耳に聞こえる。

 この考え方は、クラシック音楽の作品名にも表れている。例えば名前が『交響曲 ト短調』なら、その曲はト短調の音階を基盤としていて、トの音が中心音になっているはずだ。

 これに対して、半音階を多用して音楽を変え始めた作曲家が、リヒャルト・ワーグナーだ。ワーグナーは、ある音階で決められた音のあいだにある半音を使った作品を作曲した。例えばハ長調で作曲する場合、ハ長調の音階はハニホヘトイロハなので、これらの音を使うべきところを、彼は嬰ハ、嬰ニ、嬰ヘ、嬰ト、嬰イの音も積極的に多用したのである。

 ワーグナー以降、作曲家たちは調性の限界をさらに押し広げていった。その結果生まれたのが無調性という考え方で、ここでは12音のひとつひとつが等しく重視され、音楽は中心音を基本にしなくなった。旋律は、どこかの中心音を必ずしも意識しなくてよくなった。無調性音楽の作曲家たちは、例えば抽象絵画が視覚芸術にとって新たな可能性に満ちた世界を切り開いたように、調性をなくしたことで、表現の新たな扉が開かれたのだと言っている。

 以上の話は専門的に思えるかもしれないが、調性音楽には、聞きなじみがあって耳に心地よい音楽の大半が含まれている。ポップスやフォーク・ミュージックのほとんどすべてが、調性音楽の枠内に入る。調性音楽の限界に挑戦した曲は、クラシックであれジャズであれポップスであれ、ほとんどの人の耳には不快で変に聞こえる。無調性音楽は、誕生から100年近くがたった今でも、ショッキングで「現代的」な響きがする。

豆知識↓
  1. 初期の無調性音で有名なのが、アルノルト・シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』(1912年)だ。
  2. チャールズ・アイヴズやイーゴリ・ストラヴィンスキーなど多くの作曲家が、ひとつの楽曲で同時にふたつ以上の中心音を使う多調性という技法に挑戦している。
  3. 音楽で調性を排除したことは、思想的・時代的に、抽象芸術が具象的なテーマを排除したのと一致している。

なるほど~、『月に憑かれたピエロ』は、無調性音楽を代表する楽曲であると。

そして無調性音楽とは、ショッキングで「現代的」な響きがすると。

で、


ショッキング 安田尊@ショッキングを謳うブログ。
ショッキングで、
現代的 安田尊@「現代的」を謳うブログ。
「現代的」って、
音楽 安田尊@音楽を謳うブログ。
どういう音……?


ソース:Marshmello – Shockwave (Official Music Video) – YouTube – 2022年9月23日閲覧。

↑これで合ってる?

いや、さすがにEDM(Electronic Dance Music)ではないと思うんですが……。


読書の限界 安田尊@読書の限界を謳うブログ。
これが読書の限界です

「百聞は一見にしかず」といいますが、音楽については「一万文字は一聴にしかず」といえそうです。

読者がいくら、『月に憑かれたピエロ』の説明を暗記したところで、『月に憑かれたピエロ』を聴いた経験がなければ……。

偶然街中で、『月に憑かれたピエロ』が流れていても、読者はそれが『月に憑かれたピエロ』だとわかることもなく聞き流すだけです。


Question 安田尊@Questionを謳うブログ。
てか、そもそも街中で流れるような音楽なんですか……? たぶん、クラブでは流れないと思いますけど、ではカフェは? 美容室は? 美術館は?
Answer 安田尊@Answerを謳うブログ。
なにもわからん。

本書のタイトルは、『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』です。

でも、音楽カテゴリも、「読むだけ」じゃ無理があるんじゃないかなあ……。

まとめ:後編「歴史・文学・科学・哲学・宗教」へ


まとめ 安田尊@まとめを謳うブログ。
それではおさらいも兼ねて、一旦ここまでの要点を2点でまとめます。

  1. 視覚芸術『アヴィニョンの娘たち』も『ゲルニカ』も、文字で読んだだけでは鑑賞不可能
  2. 音楽『月に憑かれたピエロ』も「シュプレヒシュティンメ」も、文字だけでは再現不可能

以上です。

ごめんなさい、本当は③「文学『ロリータ』を始め、歴史・科学・哲学・宗教の教養は、読み書きだけでも習得可能」まであるんですが……。

あと、「まとめ:「美食」の教養も本を読むだけでは無理!」もあるんですが、


ご案内 安田尊@ご案内を謳うブログ。
合計1万文字を超えたので、記事を分けます。

以上、本記事は前編です。

後編とレビュー本編はこちら!↓

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