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【人生】「逃げてもいい」論者が無責任である理由を解説!

逃げてもいいんだよ~系のメソッドを極めていくと、


安田尊@非常口を謳うブログ。
(この世から)逃げてもいい

と思ってしまうし実際そのとおりだから生きる気力がなくなるよね……。

と思っていて気づいたんだけど、じゃあ安易に「逃げてもいい」とかいって人の生きる気力を奪うやつ、無責任すぎない?


安田尊@さようならを謳うブログ。
だってどうすんの、それでだれかがこの世からグッバイしちゃったら。

責任取れるの?

取れないよね?

じゃあ無責任じゃん。

本記事は私が考えをまとめることから逃げたため、あまり考えがまとまっていません。でもしょうがないよね、私こそが「逃げてもいい」論者なんだし。

なぜ「逃げてもいい」のか?命が最優先だから


安田尊@すぐにげるを謳うブログ。
私は「逃げてもいい」系のメソッドを極める一歩手前の人間だと自負している。

その証拠に、普通に「逃げてもいいんだよ~」という言動に飽き飽きしていて随分とねじくれた記事も投稿している。

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安田尊@羞恥心を謳うブログ。
まあっ、なんて恥ずかしい記事なんでしょう。
安田尊@現実逃避を謳うブログ。
逃げたい、過去の投稿から目を背けたい……!
安田尊@デリートを謳うブログ。
と、私が思うなら、私は躊躇なく上記の投稿を削除して逃亡を完了させる。

それでいい。

自分の恥ずかしい過去から逃げてなにが悪い?

だれもが過去の自分と向き合い、省みて、加筆修正を目論むほど余裕があるわけではない。

だから逃げてもいい。

  • 過去のブログ記事だろうが、
  • SNSのアカウントだろうが、
  • 厨二病時の黒歴史だろうが、

抹消していい。

いまは話の流れで「過去の記録」を主軸に列挙しているけど、別に現在進行形の、

  • 勉強でも、
  • 仕事でも、
  • 婚活でも、

なにからだって逃げたければ逃げればいい、と私は考えている。


安田尊@落命を謳うブログ。
死ぬぐらいなら

さて、ここまででなにか問題があるだろうか?

ない。

ように思える。


安田尊@逃げてもOKを謳うブログ。
自ら命を絶つぐらいなら、その元凶がなんであれ、逃げてもいいんだよ~

というのは、至極真っ当な、王道の「逃げてもいい」メソッドだ。

なによりも人命を尊重し、その他を捨て置いてもいいという姿勢は、一見正しいように思える。

でもじつは、この「逃げてもいい」メソッドには問題がある。


安田尊@落とし穴を謳うブログ。
「逃げてもいい」という考え方の行き着く先には、落とし穴があるのだ。

でも「逃げてもいい」の先には落とし穴がある


安田尊@ニューロンを謳うブログ。
私たちは「記憶」という機能を持っている。

だからどれだけ過去の活動記録を消し去ろうと、苦しみまでが完全に消え去るわけではない。

いくら記録を抹消しようが、自分や他人が持つ「記憶」はなかなか消えてくれない。


安田尊@トラウマを謳うブログ。
最悪な思い出も、
安田尊@悲報を謳うブログ。
悲しい出来事も、
安田尊@人生終了を謳うブログ。
嗚咽する毎日も、

消えてはくれない。

結局のところ、どこまで逃げても自分の影が追いかけてくる。

それでも逃げようと思うなら、行き着く先はひとつに絞られる。

それで逃げ切れるのかどうかは知らないけど、「逃げてもいい」を極めた人間はみんなそこまで逃げている。


安田尊@灯火を謳うブログ。
あと消せるものといえば、命の灯火だけだ。
安田尊@絶望を謳うブログ。
そして暗がりで命を落とす。
安田尊@落命を謳うブログ。
そこが落とし穴なのだ。

命を落とす人に対してどう落とし前をつける?

よく自死を選んだ人に対して、


安田尊@噂話を謳うブログ。
死ぬほどツラいなら、逃げればよかったのに

という人がいる。

しかしよくよく考えてみれば、自死を選んだ人はちゃんと逃げているのだ。


安田尊@非常口を謳うブログ。
現世から。

そして「逃げてもいい」とアドバイスを送る行為は、すべてその道に通じている。

私のように、

呼吸をするとか栄養を摂るとか以外、嫌なことからは全部逃げても問題ありません。

ソース:【逃げるが勝ち】逃げてもいい人の条件!チャンピオン以外!

と但し書きをしていたところで、少しでも「逃げる」経験を積めば逃げる技術が磨かれる。


安田尊@逃走ルートを謳うブログ。
そして逃げることを覚えて、経験を積み重ねれば、突き詰めれば終着駅までたどり着く。

だって学校や仕事や子孫を残すという生物学的な使命からさえ逃げてもいいのに、人生や現世から逃げてはいけない理由がどこにあるの?

そんなものはない。

だから「逃げてもいい」とアドバイスを送る行為は無責任なのだ。

失われる生命に対して


安田尊@逃走ルートを謳うブログ。
「逃げてもいい」という送り風によって相手が終着駅まで運ばれたとき、責任が取れる人間はだれひとりとしていない。

そのことに自覚的な人間だろうが、カウンセラーかなにかの猿真似でなにも考えずに「逃げてもいい」を連呼している人間だろうが、同じだ。

等しく責任は取れない。

でもそれでも私は、「逃げてもいい」という。

私は落とし前なんかつけないし責任逃れをする

「逃げる」という言葉はすごく便利で、表現上はどんな事象からでも逃げることができる。


安田尊@飛び降りを謳うブログ。
「この世から逃げる」という表現が可能であるように、
安田尊@九死に一生を謳うブログ。
「あの世から逃げる」という表現も可能だ。

私は「現実逃避はできない」と考えているけど、現実からだって表現上は逃げられる。

だから重要なのは、「自分がなにから逃げたいのか」を見極めることだ。

その上で私は、その人が本当に逃げたいものから逃げればいいと思う。

本当にマジにこの世界が嫌になってしまったなら、この世界から逃げるのも仕方がない。

逆に本当は生きたいし、生きられるのに死ぬしかないと思い込んでいるなら、


安田尊@現実を謳うブログ。
死ぬしかないという思い込み

から逃げればいい。

大丈夫、それが思い込みじゃないなら、どこまで逃げたところで必ず実現する。

本当に死ぬしかないなら、死ぬしかないのだ(トートロジー)。

だから迷う余地があるなら、逃げてみればいい。

もしかしたら、逃げ切れるかもしれない。

私はそうした逃げ切れる可能性を持った人のために、


安田尊@逃げてもOKを謳うブログ。
逃げてもいい

という。

その結果私に責任が取れない形で逃げ切ってしまう人が現れたとしても、大丈夫。

「逃げてもいい」系のメソッドを極める一歩手前の私にとって、責任逃れは朝飯前だ。

まとめ:だから「逃げてもいい」論者は無責任


安田尊@お別れを謳うブログ。
じゃあそろそろお別れだけど、「逃げてもいい」論者がいかに無責任であるかは3行で説明できる。

  1. なにかと「逃げてもいい」系メソッドをオススメしてくるやつがいるけど、
  2. 人に勧めるぐらいだから当然そいつ自身も「逃げてもいい」は履修済みで、
  3. だからそいつ責任逃れもめちゃくちゃ上手い無責任人間だと思っていいよ。

以上。

まあ本質的に、自分の人生に責任を持てるのは自分だけだし、しょうがないよね(責任逃れ)。

私にいえるのは、「みんな、ちゃんと自分の逃走ルートを見極めて生きていってね」ってことだけだ。

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