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【クソな老害】年上だから何?敬う理由も必要もない

令和は超少子高齢社会のお披露目会だ。
若者は減り、年寄りは増える。
そこでこの問題にけりをつけよう。

年上リスペクト問題

年上リスペクト問題

日本で教育を受けていれば、だれだって一度は子どものとき、


クソな老害
年上は敬いましょう

といった類いの言葉を耳にしているはずだ。
そしてその命令を口にするのは、いつだって年上だったし、先輩だったし、兄貴や姉貴、老人だった。
さてだが果たして、本当に年上は目上で偉くて、敬うべきなのか?

俺が思うに、「べき」と義務づけられなければ敬われない存在は、どっちみち敬われていない
あたかも義務かのように、形式的に敬われていようが、いまいが、だ。

そもそも「敬老」という文化自体、孔子という古代中国最強クラスの思想家が始祖を務める、「儒教」の影響で、儒教は形式や礼儀を重んじるらしいが、俺は形式なんてどうでもいい。


安田尊@クソを謳うブログ
俺は形式なんてクソだと思っている

本当に本心から、「敬う気持ち」が相手にあるのなら、その気持ちがたとえ間違った言葉や態度で発露されていようと、「敬う気持ち」は感じ取れるはずだ。

逆に相手が完璧な敬語と立ち居振る舞いを学び、完璧な型を演じていようと、「敬う気持ち」がなければ、冷淡な感じや、小馬鹿にされているような印象を受けるんじゃないのか?

「形式」にこだわる人間は、そういった相手の気持ちや空気の読めない、現実が見えていない人間だけだろう。

そういう人間は、現実には心底バカにされていても、形式上バカにされていなければ、バカにされていることに気づかない。
その状態が幸せなのか不幸なのかは本人次第だが、俺は不幸なことだと思う。

なぜって、本心ではバカにされていることに気づけないってことは、本心から敬われているときでも、その気持ちに気づけないってことだからだ。
つまり、本当に敬われているときの幸福感を、一生体験しないまま生涯を終えるってことだからだ。
もちろん、裏を返せば、本心からバカにされたときの屈辱感も、味わわずに済むわけだが。

その経験の乏しさが、


安田尊@裸で謳うブログ
やはり不幸だな

と思う。

「尊敬」に限らず、

  • 「愛情」も、
  • 「友情」も、
  • 「劣情」も、
  • 「感謝」も、
  • 「感動」も、
  • 「感心」も、
  • 「関心」も、
  • 「安心」も、
  • 「心配」も、
  • 「信頼」も、
  • 「不信」も、
  • 「信望」も、
  • 「人望」も、
  • 「羨望」も、
  • 「失望」も、
  • 「悪意」も、
  • 「殺意」も、
  • 「好意」も、

なにひとつ本物を知らないまま生きていく人生。

嫌じゃないか?

嫌なんだったら、年下に「年上は敬うべき」なんていうまでもない、年上が「敬われる生き方をするべき」なんじゃないのか?

バカにされる人間は、バカにされるようなことをやっているからバカにされるんであって、いくら言葉の上で「敬え」と現実の改竄を試みても、現実は変わらない。

プライドの在処

ちなみに俺は、別に年齢で敬われたいとは思わないし、年下にナメられても全然平気だ。

たとえば俺がコンビニでバイトをすることになって、どう見ても年下のクソガキ(親が金持ちで常連客だが、甘やかされて育ったためにクレーマー気質で性格がねじくれていて土下座フェチ)が毎朝怒鳴り込んできて、埃を舐め取る姑が如く粗を探しては俺に土下座を強要してきて、従わないと機嫌よくならない、機嫌よくならないと買い物してくれない、買い物してくれないと店長が困る、店長が困ると俺に土下座してくれって土下座してくる、みたいな職場環境に身を置くことになったとしても、俺なら余裕で土下座しまくると思う。


安田尊@手抜きを謳うブログ
楽だし。

土下座するだけで機嫌よくなってくれる太客……すごく楽。
なんの知識も教養もテクニックもいらない、ただ形式の上に膝をついて頭を下げるだけで機嫌がよくなってくれるんだから、大袈裟ではなく、本当に太っ腹じゃん……って俺ならほくそ笑む。

形式を重んじるってことは、そういうことだ。

簡単で楽な相手だと、軽んじられても文句はいえない。
まあ、軽んじられていることに気づいていないんだから、文句もクソもないが。

だから俺は楽だと思うし、なにより自分がそういう立場にいるっていう納得があるはずだ。

でもそこで年齢を理由に、土下座ができない人間もいる。


年上の部下
年下なんかに頭下げられっか

って人間が。

そういう人間は、なにが我慢ならないんだろう?

コンビニの例は極端だとしても、じゃあ転職先の職場で上司が年下でした、年下に命令されて顎でこき使われています、我慢なりません、みたいな環境はいくらでもあるだろう。

なにが我慢ならない?

現実に、年下に命令されるような立場に甘んじているのは、自分じゃないのか?

なのに、「年上」というだけで、プライドでも感じているのか?

俺はプライドって、培った経験や実力に裏づけされるものだと思う。年齢なんて生きていればだれでも自動で積み上げられるものなんだから、そんなものに価値があると信じているようなら終わりだ。死ぬ時まで生きてるのが自慢だったりするの?


安田尊@マジレスを謳うブログ
それ生き恥だよ。

俺が年下にでも土下座が余裕なのは、年齢になんかプライドを持っていないからだし、別の、俺がプライドを感じている部分では、そのへんのガキや老人、年下にも年上にも、負けないと確信しているからだ。

土俵が違う

つまり俺は、「年齢」がテーマの土俵なんて最下層に位置すると思っているし、そんなところに降りていって、


行司
ハッケヨーイ、ノコッタ!

する気は毛頭ない。踏ん張りどころは別にある。

だからもしいま、若い子たちが、後輩が弟が妹が、年だけ喰った悲惨連中に、「年上を敬え」と強要されているなら、それを教養だと押しつけられ、違和感や反感を覚えているなら、大丈夫、君は安心して敬語を使い、頭を下げればいい。

君がなにをしようと、君がそいつにマウントを取られたことにはならない。そんなことで現実は変わらない。絶対に。

DIS IS THE ANSWER.

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