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【コミュ力】読書中の人に話しかける人はコミュ力が高い?低い?

学校の休み時間、いつも教室の隅で本を読んでいるクラスメイトがいた。

コミュ力とは

特に差し迫った理由はないが、俺はそのクラスメイトと仲良くなりたいと思う。

だが相手は読書中だ。

そこで、話しかけてもいいのだろうか?
それとも、話しかけないほうがいいのだろうか?

コミュ力があればいけるだろうか?
否、むしろコミュ力があればこそ、いけないかもしれない。

なぜならコミュニケーション能力とは、理解と説明であり、ゆえにコミュ力があればこそ、「説明が少なすぎる」と思う。

ただ「本を読んでいる」だけでは、なにもわからない。

ではその本を読んでいるクラスメイトが、書淫系女子で(ちなみに「書淫」に官能的な意味はないし、孤独な自分を読書によって慰めている、的な意味もたぶんないが)、とにかく指でデリケートゾーンをこすり、唇から吐息を漏らし、めくるめく快楽に耽っていたらどうだろう。もちろん指はページをめくっているだけだし、唇は黙読に釣られながらも静かに呼吸をしているだけだし、だから読書に耽っているだけだが。

読書に耽っている。

読書に耽っているということは、彼女は一言も言葉を発してはいないが、しかし、


書淫系女子
私はいま読書中で、だから話しかけんなよ、見りゃわかんだろ、それともテメーは、この私がいま読んでいる歴史的文豪様が書いた小説よりもおもしれえ含蓄に富んだ話ができるのかよ、できねえだろうが、ああん? まだ社会にもでてねえガキが……舐めてると潰すぞ

と説明している。

もしくは、


書淫系女子
でも、本当は話しかけて欲しいんだからね……察してよね、それぐらい///

と説明している。

どっちなんだ……

まだ情報が足りていない。
まあ現実はそんなものだ。
なにもかもがご丁寧にわかりやすく、とはいかない。
重要なことほどそうだ。

では別の角度から攻めてみよう。

そもそも俺はなぜ、「歴史的文豪様が書いた小説」をイメージしたんだろうか?
本の表紙を覗いたりはしていない。
そんなことをすれば相手にだってわかるだろうし、話しかけているも同然だし、失礼だろう。
なんかたまに、声をかけなければ、こっそり見るだけなら読書の邪魔にならない、とか考えて表紙を盗み見ようとするやついるけど、無言のほうが性質悪いからな。
だって俺が、彼女の穿いているパンツの色が知りたいと思ったとして、彼女にパンツの色を訊くのと、無言でスカートの中身を覗くのと、どっちが悪だよって話だろ?

どっちも悪だけどな。

だから俺は表紙とか覗いたりしない。


電子書籍リーダー
そもそも電子書籍だ

なのに「歴史的文豪様が書いた小説」をイメージしたのは、その読書姿に高い障壁を感じたからだろう。

仮にクラスメイトの読んでいる本を想定するとして、なんかワンピースとかそのへんの、歴史的大ヒット漫画だとすればハードルは低くなる。
漫画は読みやすいし、イメージしやすいし、っていうかイメージ描いてあるし、一話ごとに短く区切ってあるから、たとえ途中で離脱したとしても復帰しやすい。

でも小説は違う。文字だけだ。

特に歴史的文豪様が書いた小説ともなれば、凡人には読みにくかったりするし、イメージ書いてないし、ラノベみたいな挿絵もないし、一話ごとに区切るどころか、改行すらほとんどないし、一度離脱したら集中力が途切れ、世界の再構築が容易ではない。

なのに歴史的なだけあって、読ませるんだか読まれるんだか知らないが、


読書家
読まなきゃ(使命感)

って感じで読破に燃えてるやつが多いんだから始末に負えない。その使命を邪魔すれば、間違いなく嫌われる。

だから彼女が読んでいる本の候補として、「最悪」を想定するなら、「歴史的文豪様が書いた小説」になるんだし、この仮説はそこそこいい線いってるはずだ。
そしてこちらは当然、話しかけることによって関係の悪化は避けたいわけだから、「最悪」を想定して動くべきだ。

ということは、どうやら彼女に話しかけるには、


天才落語家
歴史的文豪様が書いた小説よりもおもしれえ含蓄に富んだ話ができる

ことが前提であり、必須条件と見ていいだろう。

つっても、じゃあ歴史的文豪ってどんなもんなの?

重要なことはだれも教えてくれない。
自分で読み解くしかない。

だから俺は次の日から教室でノーベル文学賞を獲りそうで獲らない感じの挙動でゆっくりと歴史をクリエイトしている作家の小説を読むようになる。

そうして願わくば、読書仲間と化した俺に彼女のほうから興味を持って話しかけてきてくれないだろうか、と期待するがもちろん彼女は話しかけてこない。
だって読書は「話しかけんな」というメッセージの説明責任は十分に果たしていても、「話しかけて欲しい」というメッセージの説明としては不十分だからだ。

それで話しかけてくるのはせいぜい、だれにでもいつでも干渉できることをコミュニケーション能力だと勘違いしているような、飛び込み営業ぐらいでしか使い道がない、ブラック企業の歯車だけだろう。


不幸の歯車
不幸の歯車

と言い換えてもいい。

なぜって、飛び込み営業が世間で歓迎されているかどうか、考えたらわかる。

幸福の歯車

コミュニケーション能力とは、理解と説明だ。
さらにいえば、その理解と説明によって、周囲の人間を幸福にすること、少なくとも不幸にはしないことだ。
そのことが結局、自分の幸福にも繋がっていく。

俺が書淫中の彼女に声をかければ、彼女は気分を害するだろうし、それはたとえるなら、


俺が手淫中の部屋に母親がノックなしで入ってきたときの俺

並みに気分を害するんだろうし、そのことによって俺は嫌われ、彼女と仲良くなるという道はつらく険しいものになる。

彼女の不利益が、俺の不利益にも繋がっている。

だからこそ、俺は彼女の利益を目指し、歴史的文豪様の小説も読破する。
そして思う。


読書感想文
ぶっちゃけよくワカランカッタ……

ただまあ、これも理解と説明だ。
説明はされているんだろう。
なら、俺の理解が及んでいないだけだ。

さあどうする?

海に取り囲まれたこの世界で、鵜のように飛び回らないのは難しい。

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