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【不要不急のすすめ】人生が不要ならなぜ生きるのか?

不要不急、という言葉を最近よく見聞きします。


SARS-CoV-2(ウイルス名)
もちろん新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響です。
安田尊@Questionを謳うブログ。
しかし、「不要不急とはなにか?」という疑問に具体的な答えは示されていません。
安田尊@Answerを謳うブログ。
まず「不要」ですが、そもそも突き詰めれば人生が不要です。
安田尊@Questionを謳うブログ。
ふ~んじゃあなんで私は生きているの?
安田尊@Answerを謳うブログ。
「不急」だから。

という結論に達したので、シェアします。

では目次。

「不要不急」とはどういう意味か?

直近では「自粛要請」の記事でやったように、私はこの手の「日本語」を扱う記事において、基本的には辞書を2つほど引いて意味を並べてからまとめて解説する手法を採ります。

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しかし本記事では辞書からの引用はしません。

いきなり3点でまとめます。

  1. 「不要」は「必要ではないこと」。
  2. 「不急」は「緊急ではないこと」。
  3. 「不要不急」は「必要ではなく、緊急でもないこと」。

ここまで日本語が読めている人間なら、以上の説明で十分でしょう。

私が本記事で整理したいことは、「不要不急」の厳密な意味ではなく、「人生」における意味と、「そもそも論」のほうです。

つまりそもそも、


安田尊@必要を謳うブログ。
人生は必要かつ、
安田尊@緊急を謳うブログ。
緊急か?

ということです。

ではまず「不要」から考えてみましょう。

人生は不要である

私は「人生が必要であるか否か」ということを考えたとき、どちらかといえば不要っぽいと考えます。


安田尊@Questionを謳うブログ。
そもそも必要って、なにに対して?

「必要」とは、ある組成に対して、「欠けたときに組成が成り立たなくなるパーツ」のことです。

そのパーツによって成立する組成がそのパーツを必要とします。

ですからたとえば、


安田尊@脳みそを謳うブログ。
「頭脳」には「脳」が必要だといえますし、
安田尊@電子書籍を謳うブログ。
「読書」には「書」が必要だといえますし、
安田尊@自分探しを謳うブログ。
「人生」には「人」が必要だといえます。

では「人生」はなにを組成するために必要でしょうか?

  • 自分?
  • 他人?
  • 家族?
  • 会社?
  • 国家?
  • 地球?
  • 宇宙?

いずれにしても、「人生」は不要だと思えます。

たしかに私の人生が失われるということは、同時に私という人間の消滅も意味します。

そして私という人間が失われれば、私が登場していた他者の人生からも私という人間は失われるでしょう。


安田尊@Questionを謳うブログ。
で、それがなに?

という話です。

そもそも私という人間も、私をパーツとして取り入れている他者の人生も、家族も会社も国家も地球も宇宙も、全部不要でしょう。

つまり私が欠けることによって、他者の人生や家族や会社や国家や地球や宇宙が少し不完全になるんだとしても、成り立たなくなるわけではありませんし、成り立たなくなったとしても、そもそもそんなものの成立を必要としている存在が不在です。


安田尊@天体衝突を謳うブログ。
それはたとえば明日いきなり地球が滅亡してもだれも頭を抱えないということです。

そういう存在が、少なくとも私には不在だと思えます。

ですから私には、私の人生も含め、すべての人生が(というより現世で知覚可能なすべてが)「不要っぽい」と思えます。

不可知論

しかしここで私があらゆる人生に対して、「不要だ」と言い切れないのは、私が不可知論者だからです。

つまりもしかしたら、


安田尊@あるいは天使を謳うブログ。
私には知覚不能だと思われる高次元の存在(「神さま」とか「悪魔」とか「宇宙人」のような)

が私の人生を必要として存在してくれているかもしれません。

私はその次元を知覚できないと思われるため、究極的にはその次元に対して否定も肯定もしません(不可知論)。

でも考えてみれば、本当に私の人生が必要とされているなら、私に寿命があるのはおかしくない?

一応まだ私は死んでいないと思われるため、私に寿命が定められているのか否か、本当のところはわかりませんが……。

でもここに素晴らしい三段論法があります。

  1. 私の知る限り、日本の正式な医療機関で人間と認定された生命体には必ず寿命がある
  2. 私は日本の正式な医療機関で人間であると認定されている
  3. したがって私にも必ず寿命がある

というわけで、私には寿命があると考えたほうがよさそうです。

とするなら、どういうことか?

私には知覚不能だと思われる高次元の存在が私を見守りながら存在するとして、


安田尊@死神を謳うブログ。
そいつはむしろ私の死を必要としていませんか?

だって私の人生は必ず200歳以内には幕を閉じるっぽいです。

つまり私の人生を見守っている何者かが存在するとして、そいつは私の人生が不要であることを、あるいは私の人生が不要になることを必要としているのではないでしょうか。

だとしたら問題は、私の人生はいつから不要になるのか? ということです。

私には知覚不能だと思われる高次元の存在が存在するとして、最大限好意的に解釈するなら、そいつは私が誕生するところまでは私の人生を必要としていたはずです。

だって最初から不要なら、そもそも私は誕生を許されていないでしょう……私には知覚不能だと思われる高次元の存在が、矛盾さえ許容して私のことが不要なのに私のことを誕生させてしまった非常識野郎じゃない限り。

人生は不急である

しかし私には、どの段階で私の人生が不要になるのかがわかりません。

私には知覚不能だと思われる高次元の存在が存在して、私の誕生までは私の人生を必要としていたとして、その後私の人生が不要になって寿命が尽きることに需要があるとして……いつまで私の人生は必要とされているのか?

仮説を立てるなら、


私には知覚不能だと思われる高次元の存在(?)
生きている間

が一番妥当な気がします。

つまり最初から人間に自由意志などなく、人間は必要とジャッジされている間は生きており、不要とジャッジされたときに死にます。


安田尊@恐怖を謳うブログ。
なにそれ、こわっ。
うわっ…私には自覚できない高次元の存在、自分勝手すぎ…
私には知覚不能だと思われる高次元の存在、自分勝手すぎない?

でも考えてみれば、人間だって同じことをやっています。

自分が必要としている間は、道具でも動物でも人間でも、可愛がるくせに、不要だと判断した瞬間切り捨てるのが人間です。

そんな自分勝手な人間が自分勝手に扱われるのもまた、自然の摂理なのかもしれません。

あるいは逆で、人間が自分勝手なのは、高位の存在が自分勝手だから、上から下に性質が伝播してしまっているのかもしれません。

子どもが親に似たり、ペットが飼い主に似たりするような形で。

まあそれはどっちでもどうでもいいんですが、閑話休題。


安田尊@啓示を謳うブログ。
私が誕生したということは、私には知覚不能だと思われる高次元の存在が、私の誕生までは私の人生を必要としていた理論

に則るとしましょう。

すると、


安田尊@啓示を謳うブログ。
私がいま生きているということは、私には知覚不能だと思われる高次元の存在が、私の人生をいまこの時点ではまだ必要としている

と、いえないでしょうか。

だから私は生きていて、まだ死なないのです。

すなわち私の人生はいずれ不要になりますが、いますぐではありませんし、死に急ぐ必要もないのだと考えられます。

まとめ:不要不急に生きましょう

人生は不要かもしれません。

しかし不急でもあります。


安田尊@人生を謳うブログ。
人生は不要である
安田尊@人生を謳うブログ。
と考えつつも死に急がない人生は、こうして矛盾を免れます。
安田尊@人生を謳うブログ。
「不要」に「不急」を足すことで、奇跡的なバランスが完成します。

今回、この「不急」にまつわる思考は「私には知覚不能だと思われる高次元の存在(またの名を『SARS-CoV-2』と呼ぶのかもしれませんが)」によってもたらされたわけですが、別に「私には知覚不能だと思われる高次元の存在(「神さま」とか「悪魔」とか「宇宙人」のような)」が不在でも、人生が不急であることに変わりはありません。

だって死に急ぐ必要性なんて、これっぽっちも知覚できませんから。

でも生き続ける必要性も知覚はできませんが……。


安田尊@Questionを謳うブログ。
ならどうして私は生きているの?
安田尊@Questionを謳うブログ。
私の存在意義、私が生まれてきた理由、私が生きる意味はなに?
安田尊@Questionを謳うブログ。
その説明を可能にするには、やはり私には知覚不能だと思われる高次元の存在が私の人生を必要としているなどと考えるべきでしょうか……?
安田尊@Answerを謳うブログ。
知るか

答えは私たちの知覚できない場所にあります。

ただ少なくとも、「不要」だとしても、「不急」です。

焦る必要はありません。


安田尊@人生を謳うブログ。
だから不要不急に生きましょう、たとえいま自分の人生になんの必要性が見出せなくても。

ということを、最近の「不要不急」連呼に乗じて考えたのでした。

終わり!

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